ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

(13)

 そして、

「あ…もしもし?マサ……?」

 代わった勇樹が話しかけるや否や、

『……あっ!! た…高山さんすか!? ど…どーしちゃったんですかっ!いったい……そ、それ

に今のひと……』

 かなり混乱含みの焦った様子で、矢継ぎ早に尋ねてくる正徳に、

 勇樹は、ややたじろぎつつも……

「……あ…あー、いや……実はな……」

 かくかくしかじか…と事情説明。

 そして―――

『え〜〜?そ…そーだったんですかぁ……。そ…そりゃ…大変だったっすね〜!』

 予想通り、正徳はかなり驚いた様子の声を上げ……また、

『……ま、でも…無事でよかっ……あ。いや…そーでもないか、河合さんは…?』

 安堵の息を吐きかけ……心配げに美沙の身体を気遣う声に、

「…ん?あ…。いや…そっちも、もーほとんど心配いらねーみたいだ。今…違う部屋でゆっく

り休んでる……。」

 そんな勇樹の言葉に、正徳はようやく、ほっと息をつき、

『あ…そっすか……。よかった』

「ああ…わりーな。心配かけて」

 申し訳なさげに言う勇樹に、正徳は苦笑混じりの声で、

『あはは。いえ…そりゃしょーがないっすよ。………で、どーしますこれから……?

 もうけっこーいい時間だし。高山さんたちめっけたら、そろそろ帰ろーか…って、知美

さんとも話してたんすけど……。それになんか、ちょっと天気も悪くなってきたみたいだ

し…』

「……ん…?」

 正徳の言葉に、勇樹はふと顔を上げて、剛の背後のガラス戸を仰ぎ見て……

「……あ。ほんとだな……」

 なるほど。なんだかんだで、けっこう時間が経っていたせいもあるだろうが…目に映る、

そう遠くはない空は、重い色をした雲に覆われ―――ぐずつき始めた空模様に、周囲の

景色は、かなり薄暗くなっていた。

 …とゆーか、

「………って、や…やべーじゃん!これじゃ俺ら、帰れねーだろ!河合さん…まだ、思い

っきり寝てんだぞ!」

 ぼーっとノンキに空を眺めていた視線を、再び白いテーブル上に移し、やおら大声で

がなる勇樹に、

『………いや、そんなん俺に言われても……。』

 正徳はかなり困った声で返しつつ、また…

『……てゆーか、高山さんたちは今日、帰んないんでしょ?』

「……………え……?」

 思いがけずも、さらりと言った正徳の問いかけに、勇樹はしばし絶句し―――

『あれ…?ちがうんすか?だって河合さん…今日、知美さんトコ泊まることになってるつー

話ですよ…。―――ね?知美さんそーですよ…」

 心底意外そうに言いつつ、どーやら正徳は知美に確認を取ってるようで……しばし、

声が遠ざかり―――

『……ですよね?―――ほらぁ、間違いないっすよ。まあ…『勇樹クン次第だけどね…』って

言ってたそうですけど……聞いてないんすか?』

「……え…あ…ああ……」

 多分に戸惑いつつ答える勇樹に、正徳はさらに、呆れと嘲りが入り混じったような声で…

『……つか、フツーでしょ。カレシカノジョで海来てんだもん。まさか高山さん、マジそのまま

まっすぐ帰る気だったんすか?』

「……え…?……い、いやあの…そ…その辺のコトは考えてなかったけど……よ……」

 どこか咎めるような正徳の口調に、おどおどと答える勇樹。

 そして正徳は、なんとも疲れきったようなため息をつき、

『……はあぁぁ……ま、高山さんのこったから、ンなことだとは思いましたけどね〜』

 とことんあきれ果てたような声で言いつつ――― まあ…だが、今はいつまでもそんな

オバカなやりとりに付き合う気も時間もないらしく、すぐに取り直し声を戻して……

『……ま、とにかくそのへんのコトは、あとで河合さんとゆっくり話し合って下さいよ―――

……で、それより今は、今後どーするか、ってことなんですけど?』

 やや冷めた口調で、話を先へと促す正徳に、勇樹もなんとか頭を切り替え、

「あ…ああ…そっか…そーだな……えっと……」

 だがしかし、先のことをまったく考えぬこの男が、そんな問いに対して、咄嗟に建設的な

意見が出せるはずもなく……

「……う〜〜〜ん……」

 まったく時間のムダにしかならない考えを巡らしつつ、勇樹は押し黙ってしまい―――

 …と、そこへ、

「ん…どしたの?」

 トラブった空気を察してか、やや心配げな表情を見せた真子の助け舟が入る。

「…あ。いや…実は……」

 そして勇樹は、正徳をほったらかして、対面の二人に、ここまでの事情を説明し―――

「……あー。なんだよ…そんじゃ、みんなこっち来ちゃえ☆」

 即座に返ってきたのは、やはりほとんど何も考えてない剛の楽天的な答え。

「……え?い…いーんすか…?」

 戸惑いつつ、勇樹は真子に目を向けるも、

「ええ。こっちは別に、かまわないわよ。その…お友達さえよければね☆」

 彼女もまた、にっこり笑顔でそう答える。

「え…?あ……は…はぁ……じゃあ……」   

 そんな二人の態度に、勇樹は鼻白みつつも、曖昧なあいづちを打ち―――

「―――って、言ってくれてるけど、どーする……?」

 正徳にその旨を伝え……

『………え…?』

 対して正徳は、やはり一瞬躊躇した様子を見せつつも、

『あはは…なんか楽しそーっすね〜☆』

 元来のノリの良さか、すぐに軽い笑い声交じりにそう告げ―――

 またその反面、なにやら残念そうに……

『けどでも……俺も知美さんも、明日シフト入れちゃってるんですよ〜。しかもオープンで

……。

 さすがに今日中に帰れなくなるとマズイっすから、俺たちは遠慮しときますよ…』

「ん〜。そっかぁ……」

 やはり残念そうに頷く勇樹に、正徳は再び声を戻して、

『あはは…まあ、そっちのひとにもよろしく言っといてください―――んで……それは

そうと、マジそろそろ降ってきそうなんで、俺らももう出発したいんすけど……

 高山さんたちの荷物…どーしましょ?」

「……あ。そっか、そーだったな……」

『えっと―――近くですかね?道教えてもらえれば、帰りがてらそっちに持ってきますけ

ど…?』

「ん〜…ちょっと待って……」

 やや急いでるような口調で申し出る正徳に、勇樹はそう言って再び電話を耳から離し、

剛と真子にその旨を伝える。

 すると、

「――ん〜、そっか…残念だな。けどよ、そーゆーことなら、こっちなんかに回ってねーで、

まっすぐ帰ったほうがいーべ?距離はそんなねーけど、ちょっとココわかりづれーからよ…

…」

「う〜ん…そーね〜…。でも、勇樹クンたちの荷物はどーする……?」

 やや難しい顔をして言う剛に、頷きつつ、問い返す真子。

「……ん〜………」

 剛は、さらに難しい顔になり……だが、

「ん―――っと、そーだ。たしか、(陣取った場所は海岸の)右ハジの方って言ってたろ?

 なら、勇樹くん…その辺に『浜や』ってゆー海の家がねーか聞いてみ?」

 何かを思いついたような顔で、勇樹に言葉を向ける。

「は…?あ…ああ、はい……」

 一方勇樹は、何のことだかわからぬも、そのまま正徳にそれを尋ねて―――

「……うん。え?あ…そーだったんか!」

 なにやら驚いたような顔を見せつつ、再び剛と真子に顔を向けて、
                                   
ト コ ロ
「…えっと、ありますって…つーか、俺らが着替えに使った海の家が、そーみたいです…」

 また、それを聞いて剛は、得心したように頷き、

「お…。そっか。んじゃな、そこに知り合いのオバちゃんがいるからよ―――え〜っと…

名前何つったっけ…」

「村上さん…でしょ?」

 言葉に詰まったところで、すかさず入る真子の口添えを得て……

「おー、そうそう、その村上さんってゆーオバちゃんにな、ちょっとの間、荷物預かってもらう

ように言ってくれ……『芦澤(別荘の持ち主)』んところに来てる剛が、すぐ取りに行くからっ

てよ……」
           
    みたび
 ―――そして勇樹は三度、電話を持ち直し、正徳にその旨を伝え…

『―――はい…わかりました。じゃ、そー言って預かっといてもらいますね』

「ああ…わりーな。よろしく頼むわ」

 快諾する正徳に、遠慮がちに礼を述べ、

『あはは…いえ。じゃ…そんなわけで、俺らこれで行きますね。河合さんによろしく―――

あと、高山さんもがんばってくださいね☆』

 …なにを頑張るのかよくわからぬが……

「……?…ああ…。そっちも気ぃつけて帰れよ。あ…それから、知美さんにもよろしく言っ

といてくれな?」

『はい…それじゃ☆』

 二人は、軽い挨拶を交えて―――

 ………ぴっ。

 通話を終えた。

  

 そして―――

「…そんじゃ、行くか?」

 飲み干したビールの缶をテーブルに置きつつ、席を立ちかける剛に、

「…って、ちょ…待った。剛―――」

「…ん……?」

 そのタンクトップの裾を掴んで待ったを掛ける真子に振り返れば、

「あんた……なにコレ……?」

「あ〜ん…なんだよ……?……あ。」

 そこには、テーブル上、おっ立つ3本の空き缶が。

「………あ……えっと……運転……やべーかな?」

 にへら笑いで気まずげに言う剛に、

「や…やべーに決まってんでしょぉ!!」

 轟き渡る真子の怒声。

「あんたなに考えてんの?……いや何も考えてないのはしってるけど!それ以前に、まだ

車乗るのはわかってたでしょ!なにこんなに飲んでんのよっっ!!!」

 いや―――そう言うが、一本目はともかく、二本目以降は、真子も見てたはずだが?

 と言っても、むろん現在この場に、それに気付く者もツッコめる者もいないのだが。

 ともあれ、このにわかに発生した不測の事態(?)に、

「ったぁぁぁくもぉぉぉ!あんたってひとはいつもいつもいつもいつもいつも―――!!!!!」

 今から降るだろう夕立に先駆けて、真子は雷を落としまくり、

 勇樹はただおろおろし、剛はまだぼーぜんと、並んだ空き缶を無意味に眺めるばかり。

 そんなひとつも結合性のない三者三様の姿が、そろそろ電気をつけないと薄暗くなった

リビングに映し出され―――

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 ざ〜。

 ついに降り出した雨。またよーやく、真子の怒りもひと段落つき、

「……はぁ……じゃ剛…キー貸して。あたしが行くから……」

 疲れ果てたようにそう言って、とりあえずこの不毛なやりとりに、終止符を打った。

 ―――いや、運転できるのなら、もっと早くそうしろ…という説もあるのだが…それは、

とりもなおさず、眠る美沙を残して剛に留守番を頼むとゆーことであり……まあ、この男の

ことだから、『あ…おじょーさんココどこだかわかるかい?へっへっへ…』などということは

ないとしても(不安)、万一彼女の容態が変わった場合や、目覚めたときの応対などを考え

ると、すこし…いや、かなり心配であった。

 が、しかしこうなっては仕方ない。

「ほら…早く」

「あ…ああ……」

 漫然とした様子で剛が差し出すキーを、真子は、ひったくるように受け取り、

「じゃ、いってくるから。もし美沙ちゃんの目が覚めたら、何か飲み物あげて――ゆっくり

休んでるように言ってね!……ほら、勇樹くん?キミは来なきゃダメでしょ。行くわよ」

 などと言いつつ、やはりぼーっとしていた勇樹を従えて、真子はリビングに背を向けた。

 そして、剛はその背中を見送りつつ、

「あ…ああ、わかった。けどよ真子……ガス入れねーとまじーんだぞ。さっきの帰り入れ

らんなかったから―――。おめー、だいじょぶか……?スタンド…苦手だったべ?」

「……!?………」

 心配げに言う剛の言葉に、真子はぴくっと肩を震わせ、

「だ…大丈夫っ!!」

 かなり顔を引きつらせながらも、振り返らずにそう言って――――

 一抹の不安を抱えたまま、真子は、勇樹とふたり玄関を後にしていった……。

      

 そして――――ざばざばと、見る間に激しくなる驟雨の田園風景の中。

 ややたよりない挙動で、疾走り往く……白いワンボックスが一台―――。

 その車中にて、

「……なんかごめんね〜。勝手にどんどん決めちゃったみたいで……」

「あ…いえ…そんなことないっすよ〜…」

 真子と勇樹は、あまり熱のこもらぬとりとめのない会話をかわしつつ……、

 ほどなくまみえた、スタンド前で―――

「さ―――さて……」

 真子は引きつった顔で、意を決したようにハンドルを握り直し―――すると、

「あ…ちょっと停めてください。俺…出ますから」

「…え?」

 真子が戸惑ういとまもあらばこそ、

 ばたんっ……ばしゃばしゃばしゃっ……。

 降りしきる雨の中を勇樹は、スタンド内に駆けていき―――

「…………………」

 なにやら、スタンドの店員と二言三言交わし……そして、

「あ…真子さ〜ん、いっすよ〜!オーライ…おーら〜い……」

「あ……う……うん……」

 真子は戸惑いつつも慎重に、勇樹の誘導に従って、徐行させた車をスタンド内に入れ

ていく。

 またさらに、

「…え〜っと、こっちだな…。あ…真子さ〜ん、こっち…もーちょっと右に寄せてください…

あ…そう、そこでいっすよ…OK!停めてくださ〜い☆」

 ガス注入口の場所の左右を見極め、促す勇樹の指示に従って車を停めれば、

 ……がちゃ。

 すぐさま勇樹は運転席側に回り、そのドアを開けて、ハンドル右下の部分を探りつつ、

「……えっと…あ。これだな……」

 真子がいつもどれだかわからなくなって迷うガスコック蓋を開くレバーを、難なく見つけ、

おもむろにそれを引っ張る。

 かこっ。

 後方で、僅かな軽い音が聞こえ、

「…んと、満タンでいーっすかね?」

「………え……?あ……ええ……」

 前髪から滴をぽたぽた垂らしつつ尋ねる勇樹の言葉に、真子はアゼンとしながら頷い

て、

「あ……満タンでおねがいしま〜す!」

『は〜い』

 振り返り、張り上げた勇樹の声に、小気味いい店員の声が返り……

 真子にとって初めての、いたってスムーズな給油作業が始まった。

 そして、

「ふぅ〜、……あ。剛さんに借りたTシャツ濡れちゃった……」

 苦笑を浮かべながら、再び助手席に乗り込んでくる勇樹に、真子は、いたく感心した

様子で、

「……へ……へえ〜〜、勇樹クンなれてるのね〜。あ…もしかしてバイトってガソリンスタ

ンド……?」

「……え…ああ、ちがいますよ。バイトはファーストフードっす。」

「あ…そっか、そー言ってたわね……でも……」

 頷き、疑問を口にしかける真子の言葉途中で、勇樹は気付いて、苦笑交じりに

「あ…あ〜…いや、コレは、おふくろが……俺のおふくろも真子さんと同じで、スタンド

入れんの苦手なんすよ……だから、こーゆーのおふくろと一緒に乗るといつもやらされて

っから……」

 言って、照れたような笑いを浮かべつつ、袖口で顔をゴシゴシする勇樹。

「……へ〜え……☆」

 そんな勇樹に、真子は優しげなほほえみを浮かべ―――

「……あ゜!やべ…こんなんなっちった……」

 にわかに黒ずんだ袖口を見つめ、困惑する勇樹に―――

「あはは…いーわよそんなの☆どーせ剛のだし…あとでキレーに洗濯しとくから……」

「あ…す…すいません…お、お願いしますね〜〜」

 なんだかそれしきのことで、やけに申し訳なさげに勇樹は言い、

「んふ…それより―――ありがとね。勇樹クン…☆」

 真子はそう言って満面の笑みを勇樹に向けた。

「………へ…?……あ…ああ…いえ……そ…そんな……」

 そんな輝くような笑みに当てられ、勇樹はマトモにどぎまぎし、赤くなった顔を隠すように

さらに袖口でゴシゴシ………Tシャツの汚れはさらに拡大し――――

 ……とまあ、そんなお約束通りの、勇樹のリアクションを交えつつ、ほどなく給油も終り―

――二人を乗せた車は、スタンドを後にしていく。  

 またその後、すみやかに件の海の家に立ち寄って、勇樹たちの荷物をピックアップ。
                        
バイク
 ちなみにその際、駐輪場に置いてある愛車をどうしよう…という話になったが、結局、
            
 あんなところ
 ――この雨の中、未舗装路を走るのは絶対危ない。帰るときはまた送ってきてあげるか

ら―――と、かなり強い口調で言う真子の言葉で、可哀想だが、側の東屋の影に移して、

そのままそこに置いていくことにした。

  

 また…そんなこんなで、帰路に着いたその途中―――  

「じゃ…ちょっと寄り道して買い物するね。今夜はごちそうにしなきゃね☆」

 …などと言う、真子の言葉のまま、増えた人数分の今晩の食材を買い込むため、二人を

乗せた車は、少し回り道をして、別荘近くのちょっとした商店街に足を伸ばしていき……

(……つーか、まだ河合さんの意見聞いてないんだけど……いーんだろーか?ほんとに…

泊まるコト本決まりで……。)

 …などと。

 気付いてみれば、どっさり買い込んだ食材の袋を両手に抱えつつ、ちょっぴり躊躇する

勇樹を乗せたまま―――車は、再び別荘玄関に横付けされた。

  

(14)へつづく。

  

 

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