ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(14)
そして――― 「あ〜、ごめん!少し持つよ〜」 「いや…だいじょぶっすよ☆」 などと、自分達の荷物と買い物袋を一気にぶら下げ、玄関をくぐる勇樹。またそれに、 あわててついていく真子。 そんな二人の耳に…… 『きゃははははは♪』 『わははははは☆』 リビングから届く、やけに楽しげな笑い声。 どうやら、美沙は、目覚め元気になったようである……と、まあそれはいーのだが、 『………?』 勇樹と真子は、やや怪訝な苦笑を見合わせて、こころもち早足でリビングへ――― すると、 「…お?おー。おかえり〜☆おつかれさん〜♪」 どーやら、さらにそのビールの本数を重ねたようで……ややデキあがった口調で二人 を迎える剛と、 「あぁぁぁ〜☆おっかえりなさ〜い!! あ、真子さん…ですよね?すいません…すっかり お世話になっちゃって☆」 元気な……いやかなり元気すぎるテンションで、立ち上がり、真子に向かってぺこりっ、 と頭を下げる美沙。 『……え…えっと…………。』 勇樹と真子…二人は、その輝く光を放っているような明るいリビングの雰囲気に、 しばし圧倒されつつも、 「…あ…ああ、河合さん…?もーだいじょぶなの…?」 「うん☆もうバッチリ!…ごめんね〜、心配かけて……」 戸惑いながら尋ねる勇樹に、美沙は苦笑で応えつつ…またなにやら、やおらはしゃいだ様 子で、 「あ☆ねえねえ、それより…ココ、すっごいオシャレなおうちだよね〜!勇樹くんも、もういろ いろ見せてもらった?」 「…え?あ…いや…。そ…それどころじゃなかったし…」 そんな美沙の勢いに圧され、しどろもどろで応える勇樹。 また、その言葉半ばで、美沙はやはりオーバーなリアクションでくるくる表情を変えつつ、 「もぉ〜、なにやってたんだか……って、まーいーや。そんなことは。 そ・れ・よ・り☆―――ココ…屋根裏部屋もあるんだよ!ちょっとハイジみたいなの♪ んで…あたしたち、今日そこに泊まっていいんだって〜☆」 ……などと。やや…いや、かなり興奮気味に話す美沙に、 「……へ…へぇ……そ…そーなんだ……」 もはや、まったくもってそのテンションについていけず…勇樹はとりあえず、あたりさわり のない、気の抜けたようなあいづちを返しておく。 そして、なるほど。先ほどからの勇樹の憂慮は、まさに杞憂に過ぎなかったようで――― ともあれ、どーやら泊まること決定のようである。 また、そんな中、 「う…う〜ん……まあ…何にしても、よかったわね☆」 いまだやや訝りながらも、安堵の表情を見せる真子に、 美沙はしゅたっ、と体ごと向き直り、 「あ…はいっ☆ホントに……本当に、ご面倒かけちゃって申し訳ありませんでした☆」 やはり元気よく、だが礼儀正しく改めて礼を述べ――― …と、そこで、 「………ん…?」 ちらりテーブルに目をやった真子が、あるものを見つけて眉をひそめる。 転がる、5、6本のビールの空き缶…まあ、これは剛のものだからいーとしても…… その対面に置かれ、深い赤色の液体が注がれた、飲みかけのワイングラスを見て。 「………………………剛……?」 のど奥の最も深いところから絞り出したような真子の声に、 「………ん…?あ〜…?」 マヌケ面して振り返る剛。 またそんな剛の態度が、いっそう真子のボルテージを上げ、 「……ちょ、ば…バカぁ!あんた…病み上がりのコになに飲ましてんのよっ!?」 やおら語調を荒げた真子の怒声が、リビングに響き渡る。 ………が、対して剛は悪びれもせず、むしろ意外そうに、 「……え?……だって……たしか、赤ワインってカラダにいーんだべ…?それに…それこ そ病み上がりで、いきなり冷たいモンはまじーと思ったしよ……コーヒーは、美沙ちゃん 、あんまスキじゃねーって言うし……紅茶とかお茶っぱとかは、どこにあんのかわかんねー し―――で、こーなったんだけど……まじかったか?」 なんだかぶちぶちと言いつつ、どこか気弱げに問い返す剛の口ぶりに…… なるほど……。一応この男なりにいろいろ考えた末の結果だということはわかった。 だからといって、行き着く先が、ワイン…というのもどーかとも思うのだが………いやまあ 、そこらへんも実際のところどーなんだろう…?状況こそ違えど、著しく体力の衰弱した者 に気付けとしてアルコールを服用させることもあると聞くし……大局的な物の見方をすれ ば、あながち間違いとは言えぬよーな気も…… (注:いや実際よくわかりません。決して熱中症の人に試さないよ―に。…とゆーか、そもそ も高校生なので、飲んじゃダメです!(^^;) 「…………う〜〜ん……」 ―――ともあれ、そんないろんなコトを噛み含んで、とりあえず、真子は怒りを納め… また、それを見かねたように、 「あ…あの〜、だいじょぶですよぉ。あたし、もうこんなに元気になりましたから☆」 発する美沙の言葉と先ほどからの様子から、当人自身の体調の復調は明らかであり、 やや釈然とはしないまでも、真子は一応納得することとした。 ……が、そんな元気そうな態度を見せる美沙を眺めるその一方で、真子はふと、とある ひとつの重大なポイントを思い出し――― 「…あ…そ、それはいーけど……美沙ちゃん……そのカッコ……?」 「え……?ああ、コレ…枕元に置いてあったから……えと、お借りしちゃってよかったんで すよね?」 訝しげに尋ねる真子に、美沙はやや心配げに伺いながら…身につけている、ちょっと大 きめのTシャツを指し示す。 むろん、その薄いブルーのTシャツと…その下の短い黒のスパッツは、目覚めた美沙が 着れるように、真子が用意していったものであり―――当然、何の遠慮も要らず……また、 言うまでもなく、真子の訝るポイントはソコではなく、 「え…ええ。それはもちろんいーんだけど…その…美沙ちゃん、あなた……」 言って、真子はなにやら困った笑みを浮かべつつ、美沙の胸部にその視線を移し…… 「………え?」 だが、当然ソコに、浮び上がっているだろう『ぽっち』はなく……その胸部全体もほとんど 『着けている』ときと変わらぬ、極々自然な形に脹らんでおり…… 「………あ……あれ…?」 真子は、拍子抜けしたような声を上げ、その表情も軽い驚きに変わる。 また、その一方で美沙は、そんな真子の様子から察して、 「あはは……ご心配なく☆」 言いつつ美沙は、そそと、真子に近づいていき…… 「………ほら……☆」 二人の男に背中を向け、真子の前でぺろんとTシャツを捲り上げ、その『内容』を示した。 「あ…!ちょ…み、美沙ちゃん!?」 刹那、驚き慌てて、咎めるような声を上げかけた真子だが…… そのほんのり日焼けした肌の上、真子の眼前に現れ出たのは――― ダイナマイトな生バスト☆計2つ!……ではなく。 まあ確かに、目を見張らんばかりの存在だが…ソレはしっかりと、花開くハイビスカスの 布地に包まれており―――― 「………あ。そっか…水着ね……」 その正体に気付いて、真子はほっと安堵の息を吐き…また美沙も、 「……はい。もー乾いてたから……。 ――それに、剛さんいたし……さすがにそのまま出るのはマズいかな…って思って……」 苦笑を浮かべて言いつつ、言葉の後半を小声で付け加えた。 「あはは…懸命な判断ね…。でも―――」 一方、真子はそんな美沙に笑って応えつつ、 「…それにしても……改めて見るとスゴいわね〜」 まじまじと見つめるその目の輝きが、見る間に好奇の色に変わってゆき…… 「あ…あの…真子さん……?」 Tシャツを捲り上げたまま、困った笑みを浮かべる美沙に、 「ね…ちょっと触ってもいい?」 多分に興味深く、イタズラっぽい笑みで尋ねる真子。 また、美沙も、そーゆー同性のリアクションは慣れているのか、多少戸惑いつつも、 「……え?……あ、ちょっとなら……」 そして―――真子は立てた指先で、その弾力を確かめるように…… …ぷにぷに…… 「んぁ…っ☆」 「きゃああああ☆うっそー!やーらか〜い☆」 なにやら喜びはしゃぐ真子に、美沙は頬を染めつつ、 「も…もぉ……真子さぁん……う〜、じゃあ真子さんのも……」 「え…?あ…あたしはいーわよ…そんな大したモンじゃないし……」 「だぁめ〜☆おあいこですよ〜♪」 「あ…☆ちょ…美沙ちゃ……あッ☆……や…や〜ん………」 ………………などと…。 突如始まった、ちょっとアブない女同士のじゃれあいに…… 一方、その存在すらもかき消されたかのような、男二人は―――― 「………………(……え〜っと…………)…………。」 かたや、荷物をぶら下げたまま、ぼーぜんと立ちすくみ――――。 「……(う〜ん…どっちが『タチ』だろ……?)………。」 かたや、タバコを逆に咥えたまま、わけのわからんことを思いつつ……… 外は雨…。そろそろお腹も空き出す夕方の―――小洒落た別荘、そのリビングにて。 『………………………………。』 二人の男は、各々…地蔵のように固まるより他に術はなかった………。
ま…それはともかく、ややあって―――。 その後、もはや打ち解けまくった4人は、それぞれ交替で入浴などを済ませ……雑事を 交えて、再びリビングに集合し……… 「……あ〜、もうこんな時間になっちゃったね!」 最後に入浴を済ませ、リビングに入ってきた真子は、やや慌てた様子で言いながら、 「あ…ちょっと遅くなったったから…美沙ちゃん、晩ごはんの仕度…手伝ってくれるか な〜?」 「あ…は〜い☆」 真子の申し出に美沙は快く返事を返し―――二人はキッチンへ。 そして―――数分後、 そこでは、『晩ごはんの仕度』などというレベルを遥かに超越した光景が、繰り広げら れていた。 出刃、柳刃―――包丁各種を巧みに駆使し、プロの板前もかくやと言った身のこなしから 繰り出される華麗な包丁さばきで、 ざくっ………しゅたたん…っ。 しゅ…しゅ……しゅるん……っ。 そして、これまた刹那のいとまもあらばこそ、その素材に合わせ薄厚様々な切り身に 引かれたお造りが、傍ら備前の大皿に、彩り交えたあざやかな杉盛りに盛り付けられ―― また、その一方、 バーナー前に立ち、美沙の見つめるフライパンの中には、熱せられた一片の牛脂が今、 溶け出したところ。 パンの取っ手を持つ美沙の左手の動きにより、強火でとろりと溶解した牛脂が、黒い鍋 肌にくるりと白い孤を描き――― 中に落とし込む。 じゅぅぅぅぅ! 途端に上がる小気味良い音。そして、脂の焦げる香ばしい香りが辺りにただよい…… ここで、フツー慣れぬ者なら、少なからず動揺が生じるところだが……、 むろんそんな気配は微塵も見せず、 「………………。」 美沙は、厳しい目線をフライパンに落としたまま、ただじっとその感覚を、目鼻耳だけに 集中し―――裏面にこんがり焼き色がついた頃合を見極めると、 「……!」 右手のターナー握り締め、すかさず肉を翻し―――傍らのブランデーを傾け……。 ぼわっ。 鍋蓋を閉じ、旨み香りを封じ込め、落とす寸前までその火力を弱めて…… ちっ…ちっ…ちっ…… しばし、耳を澄ませて、その肉汁の弾け具合を感じ取り―――熟練の者しかわからぬ ここぞというタイミングで、火を落とし―――― 再びフタを開いたそのフライパンの中からは、立ち昇る香ばしい湯気と共に、 じゅぅぅぅぅ…… こんがり適度な焼き色をつけた、ミディアムレアのステーキが、溢れんばかりの肉汁を したたらせていた…………。 ………そんな、はっきり言って、あんたらどこの巨匠や鉄人ですか?といった感のキッチ ン…いや、『厨房』の光景だが、むろんツッコむ者は――――あっちのほうでTVを見つつ、 ビール片手にバカ話に花を咲かせて、それどころではないご様子。 言っちゃぜんぜん悪いとは思わないが、まさに、豚に真珠とゆーか失礼千万とゆーか… 『もったいなさすぎるぞお前らせめてハシくらい並べろ!』といった状況だが…… しゅたたんたんっ!……じゅ…じゅうぅぅ……っ! むろん、そんなことはまったくお構いなしで、二人の『巨匠』の動きは、さらによどみなく、 ますます磨きがかかり…… 「………(あ…美沙ちゃん、それ…)……。」 「……(はい。じゃ…真子さん、コレお願いします…)…。」 時には、まこと十年来のコンビのように、アイコンタクトのみで、互いの作業をフォローし 合い…また時には、その卓越した技の数々を競い合うように、絶妙かつ典雅な一品を作り 上げていった……。 そして…ものの30分も経たぬうち――― 和洋中……各国料理は言わずもがな、煮物焼き物揚げ物蒸し物……etc…etc…。 そんなに作って一体誰が食べるんだ然とした料理が、次々続々と白い長テーブルに 華美整然と彩られていき…… 「おおお〜☆すげーなこりゃあ!」 「ん〜☆うまそ〜!」 ここへきてよーやく、ソファから立ち上がり、賞賛の言葉を口々に、テーブルに歩み寄っ てくる剛と勇樹。 むろん、そんな『すげー』だの『うまそー』などという簡単な賞賛で片付けられて欲しくない テーブル上の情景なのだが…… 「へへ〜☆おっまたせ〜♪」 「あ〜、ごめんね〜遅くなっちゃって!さ…食べよ☆」 ごくふつーの晩ごはんを作った主婦のように、席に着く。 ………当人たちを含め、誰一人としてその価値がわかっていない、ある意味…恐るべき 才能のムダづかいを示しているよーな………なんだか不思議な光景だが……。 『いただきま〜す☆』 がつがつばくばく!…むしゃむしゃはぐはぐ…! ハシを持つや否や、ほぼ半狂乱の勢いで、それら至極の料理の数々を、片っ端から貪り 喰う男たち……… 「……んんぅぅぅぅ〜!!美味い〜っ!!」 「くぅぅぅぅ!最っ高!もぉサイッコ〜ッ☆」 気の利いたホメ言葉などむろんなく、ただシンプルに感動し、歓喜に喘いで…… なおかつ、その間すら惜しむかのように、次の料理に手を伸ばしていく勇樹と剛。 また、そんな互いのカレシの、度を超えた豪快な食べっぷりに――――、 「……って、ちょ…勇樹くん!もーすこし落ち着いて食べなよ〜」 「あ!ほら…剛はまたそんなこぼしてる〜!やだ…みっともないでしょ〜」 めーわくそうに眉をひそめて、咎めの言葉を口にする美沙と真子。 口の端に、浮かぶテレ笑いをひた隠し…深い安堵と、満ち足りた喜びに包まれて。 |