ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(15)
そして――― かくも賑やかな楽しい晩餐のひとときは、やがてゆるやかに…ちょっぴり(?)アルコール を交えた宴の時間に移っていき――― また、感心するやら呆れるやら、あれだけ並んでいた皿数のほとんどは、早や食卓上 からシンクへと姿を消しており…… その白さを取り戻した長テーブルには、各席それぞれ中身の違う4つのグラスと――― 「……う゜〜〜〜」 「……っく……く…食いすぎたぁ〜〜」 苦しげな呻き声と共に、だらしなく仰け反る勇樹と剛………そして、 どこからともなくテーブル上に登場した、各種ケーキやおまんじゅう、色とりどりの瑞々し いフルーツ類…などを間に挟み、 「あはは…真子さんやだぁ♪……あむっ 「んふふ☆そぉ〜お?……ぱくぱくっ なにやら和やかなムードをかもし出しつつ、その裏で、別腹…という、世にも奇妙な女性 特有の臓器をフル稼働させ―――歓談にふける真子と美沙の姿があった。 そしてなお、そんな談笑の合い間にも、それら累々と並ぶデザート類が、あたかも心霊現 象のように、ひとつ…またひとつ…と、どこへともなくテーブルから姿を消していく中……… 目視不可の動きを持つ魔法の右手と、食喋を同時にこなす不思議な唇を兼ね備えた 奇怪なイキモノ――もとい、女子二人の会話は、とりとめもなく……ますます花を咲かせ ていき――― 「―――えっ…うそぉ?美沙ちゃん『日音』なんだぁ〜?あたし…『朋院』OGよ☆」 「えぇ〜?そーだったんですかぁ?じゃ…やっぱなんか縁あるんですね〜☆」 ちなみに、『日音』、『朋院』とは…ともに音楽で有名な女子高であり、両校の生徒たちは 合同音楽祭やコンクールなどで顔を合わせることが多く、また学校同士の距離もそんなに 離れていないため、交流も盛んで親睦も深い―――とまあ…これはまったくの余談だが。 ともあれ、 「あ…☆ねーねー、じゃあさ〜」 それを聞いて、真子は何か思い出したかのように、ちらり、テーブル向こうのグランド ピアノに目を向けつつ……、 「美沙ちゃん、なんか一曲弾いてみせてくれない☆」 対して美沙は、戸惑いつつも、かなり嬉しそうな驚きを見せ、 「え〜〜!? いいんですかぁ?や…実は、さっきから気になってたんですよぉ〜☆」 「あはは☆あ…でも、調律はかなりいーかげんだけど……その辺はかんべんしてね」 言って、申し訳なさげに片目をつぶりつつ、席を立つ真子に、 「いえいえ全然……ってゆーか、あたしの方こそ、今の専門はテナー(サックス)ですから… あんま期待しないで下さいよぉ〜〜」 美沙も苦笑を浮かべて立ち上がり…… 二人はテーブルを離れて、ピアノのそばへ――― そして、 「ん〜♪何が聞けるのかな〜?」 傍らに立ち、わくわくと期待の表情を見せる真子に、 「あはは…リストとかショパンじゃないことは確かですよ〜☆」 などと苦笑交じりに返しつつ、美沙は腰掛けたイスの高さを調節し、その小さくも細長い 指を鍵盤に置いて、まずは軽く指慣らし。 ぽろん…♪ そして、やおらダイナミックとさえ言えそうな動作で美沙の上体が伸び上がり―――― ……たーん♪たたん♪たたたん〜♪ 流れ始める、ややアップテンポの、軽快で陽気なメロディ。 曲は―――ビリージョエルのピアノ・マン。 (…へぇ〜♪) そんな、基礎のしっかりできた旋律はむろんのこと。自らのウデとムードをわきまえた (……あ。そーだ☆) そのイントロ部分で、ふと何かを思いつき、傍らに置いてあったハーモニカを手に取って …… 〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜 その『原曲』通り、奏でる美沙の旋律に合わせて、伴奏していく。 (……あ〜☆) また、それを受けて、美沙もますますノッていき―――まさに、ぴったり息の合った二人 その一方…… 『……!?……』 そんないきなり始まった演奏会に、過食に果てていた勇樹と剛も身を起こし――― 刹那、驚き顔で、その奏者たちを見送る……が、 『…………………………』 しばし、アゼンとしたのち……やがて、その相好を崩して…… 『…ん…☆』 また、いくぶん腹もこなれたか、それぞれ目の前のグラスに手を伸ばしつつ、 『…ん〜♪』 心地よくまわるアルコールとともに、流れる軽快なBGMを肴に、陶酔しきり。 二人は、グラス片手に静かに耳を傾け……溢れる音の波に浸ってゆく……。 クライマックス たん♪…たららん♪…たららん♪…たたたたん♪…… まさに流れるような指先の動きで、美沙の両手が鍵盤の上を左右に踊り… ……じゃん…っ♪ 「おおおおおおおお〜☆」 ぱちぱちぱちぱち! 場内割れんばかりの喝采が……といっても、むろん二人だけの観客からだが。 ともあれ、やんやの歓声と拍手を交えつつ、この見事な演奏とその奏者たちへと、 出来うる限りの賛辞を送る勇樹と剛。 特に勇樹は、聴きたかった美沙の生演奏を初めて聴くことができ、念願かなったご様子 で、感激もひとしおであった。 「す…すっげ〜!! マジすっげーよ!! 河合さん☆」 「……えへへ☆」 いまだ興奮さめやらぬ様子で、賞賛の言葉をかけてくる勇樹に、美沙は頬を染めたテレ 笑いで応えつつ……… 「えへ…☆じゃあ、今度は真子さんの番ですよ〜☆」 腰を浮かせて真子にその場所を譲る。 対して、真子はやや戸惑った笑みを見せつつも… 「え…?あ…う…うん……じゃあ、なに弾こうかな〜♪」 美沙と場所を交替し、楽しげな様子で思いを巡らしつつ、慣れ親しんだその鍵盤に指を 乗せていった………。
かくして―――その後、美沙と真子はかわるがわる、次々多彩なレパートリーを披露 していき……心地よい盛り上がりに包まれたひとときが、ゆっくりと時を刻んでいく。 やがてまた、そんな雨音が徐々に遠ざかっていくにつれ、このにわかに開催された楽 しい音楽会も、そろそろ佳境の時を過ぎ始め――― や 残り少ないレパートリーの一曲を弾き終え、小さな吐息混じりに言う真子に、 一方、こちらは、すでに暗譜弾きでの持ちネタを演りつくしたのか……はたまた単に アキたのか―― 美沙は、ちゃっかりテーブルに戻って、ギャラリーその3に成り下がっており、 「お〜☆まってましたぁ〜♪」 淡い赤紫色に染まったフルートグラスを片手に、隣に座る勇樹の腕に寄りかかり、 ややデキあがったよーな歓声をあげていた。 またちなみに、その対面では……琥珀色のロックグラスを片手に、 「………ZZZ……」 剛がゆっくりと舟をこぎ始めている……………。 ま…そこらへんはどーでもいーが。 ともあれ、そんなテーブルの光景を眺めつつ、 「……ふぅ…。じゃ…これで終りにしよーね」 真子は再び小さく息をついて、再びピアノに向き直って、トリの演奏を始める。 口元に、なぜか僅かな、意味ありげな笑みを浮かべて……。 そして………… ぽろん…♪…ぽろん…♪ ゆったりと、静かに流れ始めるスローバラードの旋律。 曲は―――SurfaceのShower me with your love。 (あ〜♪) もともと、お気に入りの一曲でもあることから、美沙は嬉しそうな顔でグラスを傾け、 「…あむっ…☆」 口の中、ほのかに広がる白ワインとカシスのハーモニーとともに、その甘いメロディに 身をゆだねて…… ―――だが…… ぽろん♪…ぽろん…♪ 原曲とは違う……反復して続く、やや長すぎるそのイントロに、 (……あれえ〜?) 美沙の表情が、すこし訝しげにゆがんだ頃…… 突然―――――― 「………My heart is filled……And I need someone I can call my own……♪」 含みを持たせて詠むような英詩と、まさにブラックミュージシャンさながらの歌声が、やや 遅れて響き渡り―――美沙は安心したように、表情を戻して……… だが、 「………え?」 まさにつぶやくように発せられた、その対面から―――?の歌声に、美沙は驚いて向き 直り…… 「…To fall in love that's what everyone's dreaming of―――♪」 だが―――まこと信じられぬことだが、その声の主はやはり、グラス片手にうつむきか げんの―――剛………そのひとだった。 美沙は、いっそうアゼンとした顔のまま、振り返って、背もたれ代わりにしている勇樹の 顔を伺うも、 「…………。」 彼もまた、そんないきなりの剛の独唱に、面食らったような顔のまま、固まっている。 またやがて、そんな二人の驚愕の空気を跳ね返すように、真子の演奏は、さらに強弱 のメリハリをつけ、剛の発声を促し…… 「…Our love will live forever〜♪」 おそらく無意識に…だろうが、テーブルに向かって吐きかけているような剛の声には、 さらに張りが生まれて……また、さほど大きな声を出してる風でもないのに、その低く良く 通るバリトンの歌声は、なんとも甘く、そしてソフトな響きでリビングの中をゆったりと流れ ていく………。 二人の驚愕は徐々にゆるんでいき………またそんな、甘く心地よい安穏さに…… 「……あふ…っ 美沙は、眠るように目を閉じ、寄りかかる勇樹の身体に、さらに深くその背を沈め…… 「……ん……」 勇樹もまた、手のひらに乗せられたその小さな美沙の手を、そっと握り返した。 やがて…… 「…Shower me with the
love I've been waiting for〜〜♪」 え…… ……ぽろん…♪ それを追うように、真子は爪弾く演奏にフェードをかけて、鍵盤からそっと指を離した。 ………しばし―――― ………………………………………………………………。 まさに、水を打ったように静まり返る、リビング。 刹那の後―――、 『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!』 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!! まさに、弾けたように、拍手と歓声を打ち出す勇樹と美沙。 また、口々に、 「うわ…ま、マジっすか!? 剛さんっ!!しゃ…シャレんなんないっすよ〜〜っ☆」 「んぅぅぅぅ〜♪もぉ最っ高でしたよ〜〜!!
剛さんめっちゃカッコイイぃ〜 その興奮と感動のまま、誉めそやす二人に、 「…………え……?」 だが剛は、ようやくそこで、伏せていた顔を上げ、きょとん…とあたりを見回すような 仕草を見せつつ…一瞬遅れて、 「……え?……あ〜……?」 その賞賛が自分に向けられていることにマトモに驚き、大ボケなリアクションで…… 「あ…いやおい…な…?なんだ…?…な…なんで…?」 だがしかし、 「も〜、またまたぁ☆なんで…じゃないでしょ〜!」 「そうそう…ケンソンしないでくださいよ〜」 それをきっぱり、ワザとらしい謙遜の態度だと決め付け、非難の言葉さえ口にする 二人に、 「え…あ……。そ…そう…?…あは…あはははは……」 いまだわけもわからず、テレ笑いを浮かべて、剛はぐいっとグラスを傾けた。 そして…… そんなテーブル上の光景を、遠巻きに眺めつつ、 「…くすくすくす……☆」 ひとり、ピアノの前の真子は、したり顔の笑みを浮かべて微笑んでいた………。
かくて、そんな余興の余韻もひと段落し、再び歓談にふける4人………。 また同時に、この楽しい夕べのひとときも、ゆっくりと…だが確実に更けていき…… 楽しくもとりとめもない会話は、いつしか次第にその緩慢さを増し始め―――。 そんな頃、 「…ふあぁ〜あ…。…ん〜…さ〜て、んじゃ、そろそろ…おひらきにすんべーか……?」 折を見たのか、それとも本気でただ眠くなっただけなのか―――ともあれ、大あくびを 噛み殺すこともせずに、宴の終りを促す剛の言葉に、 「…あ。そ…そーね。もうこんな時間だし…。明日も早い……わけじゃないけど、いいかげ ん疲れたでしょ? 美沙ちゃんも病み上がりだし……」 真子はやや慌てたように……時間と頃合と、勇樹達……そして自身たちの『これからの シナリオ☆』をも汲んで、言葉を選び……だがほとんど説得力のないような弁で、それに 続けた。 もっとも、ほろ酔いかげんの勇樹と美沙は、そんなことにも気付かず、 『は〜い☆』 やや気の抜けたような、いたって気楽な返事を唱和し……席を立ち、 (………ふぅぅぅん……?) その一方、ただひとり気付き、意味ありげに、にやにや笑みを向かわせてくる剛と、 (い…いーでしょ別に!) 真子は目線で会話しつつ―――― ……ぱちっ。 後ろ手にスイッチを切る真子の指によって、闇に包まれたリビングを後に……… 4人は、二組に分かれて―――それぞれの部屋に向かった。 |