しようね☆]U〜てりぶる?ショッピング☆(前編)〜
(2)
そして……その間は刹那か永遠か………
「……………」
極度のパニック状態に陥り、どこか遠い世界に旅立っている俺を尻目に、
「……やっだ〜。そーなんですかぁ〜……」
「……そーそー…えらそうなこと言ってても、こいつはね〜☆……」
勝手にお互い自己紹介を済ませ、なにやら楽しげに世間話モードに入っているらいかと真紀ねーの姿があった。
時折、ちらちらと俺を眺めつつ、くすくす笑ったりしてるところから、かなりロクでもないことを真紀ねーが暴露している模様だが……
「…………」
むろん、脳の機能が著しく低下しまくっていた俺の目と耳には、まるで現実味のない、単なる画と音としか捉えられず…ただ、場違いなマネキンのよーにぼーっと突っ立つのみ。
やがて、
「……んじゃ、あたしももう、お役御免みたいだし…行くわ。ダンナも待たせてるしね…」
よーやく我に返りつつあった俺の耳に、後ろ手を指差し、去りゆく真紀ねーのことばが届く。
いまだ恐慌冷めやらぬまま、彼女が指差す方向を見やれば、
…へ……?……あ。
下着売り場入り口付近で、横目でこちらをちらちら伺いつつ、なにやら不審な動作で行ったり来たりしてる男性がひとり。
年の頃なら30半ば、温和そうなその男性は……そう、真紀ねーちゃんのダンナさんである。
店内にいる誰かと目が合いそうになると、慌てて目を逸らしたりしてるその仕草は、挙動不審以外のなにものでもないのだが…………その気持ちは、今の俺にはすっごくわかる……。
……けど、俺……いま…その真っ只中にいるんすけど………。
まあ…それはともかく、
なにやら、ほっとした表情でこちらに会釈を向けるダンナさん(いいなあ帰れて…)と
「じゃあね〜、らいかちゃ〜ん、またね〜♪」
その腕にしがみつき、手を振り去りゆく真紀ねーに、
「は〜い☆またいろいろ教えてくださいね〜☆」
やはり、大きく手をぶんぶか振って見送るらいか。
いや…いろいろ…って……。なんなんだ……それわ……?
…とゆーか、その前に、んなトコで大声あげんなってば!
「………。」
予想通り、辺りの視線が、俺たち二人に集中し…
「………。」
落ち着きかけた恥ずかしさが再浮上し、またも俺の顔が赤らんでくる……。
だがむろん、らいかはそんなことには構わず、くるりと表情を変え……
「で…結局誰…?前の彼女?」
…………は???
とーとつな、そして予想だにしない質問に、
「……え……?」
目を点にし、しばし言葉を失う俺。
どーやら、俺が自分を見失ってる間の自己紹介…そーゆー話はしてなかったよーである…ということに気付くのに数秒かかり……
…だぁぁぁ〜!もーっ!あんだけしゃべっててそーゆー肝心なこと、言うなり聞くなりしとけよな!おたがいっ!
…ったくもー、これだからB型同士は……ぶちぶち……。
などと、胸のうちで頭を抱えぼやきつつも、とにかく…
「え…ば、ばっか。従妹だよイ・ト・コ!前に話したことあんだろ?
ガッコの先生やってるって言う……」
頭掻きつつ、げんなりとした表情を見せ、吐き捨てるよーに言う俺。
「あ。あー、あのひとがそーなのか……ふうん…」
瞬間、らいかの表情が安堵に緩む…が、しかし……
「でも〜、従妹なら結婚だってできるし…たけあき、女の先生、好きだしね〜☆」
なにやらわけのわからんことを言って、わざとらしい疑惑の瞳を俺に向けてくる。
…って、そんなおぞましいこと言うんぢゃないっ!
「ば…ばかやろ、何言ってんだよっ!今の見たろ?もーダンナいんだぞアイツ」
コワイ想像を打ち消し、慌てて否定する俺に、だがらいかは涼しい顔で、
「とゆーことは、不倫だってできるね〜☆よかったじゃん。
好きなんでしょ?人妻モノ…こないだビデオに入ってたよ☆」
……だああああああっ!俺がいない間に、おまえ…な…なにをやってるんだぁ!?
しばし『聖域』であることの緊張もどこかに吹っ飛び、もーいろんなことに慌てふためく俺。
また、その一方、
「ま…とにかく。…さてと……たけあき……?」
らいかは、またもころりとその表情を変え、
な…なんだ今度わ…?
「え…な…なに?」
思わず怯えの表情を見せる俺に、
「どんなの選んでくれたの?らいかに…?」
………え?あ……そ…そーだった……。
…って、そーゆーコトは話してやがったのな…。
思わず歯噛みする俺……だが、ともあれよーやくまともな話(とも言えなそーだが…)になりそーだ。
「ね…どれ〜☆」
重ねて聞きつのるらいかに、
「い…いや…アレ……が、いーかな〜……なんて……」
疲れる話題から開放された安堵感からか、テレ笑いを浮かべつつ、おずおずとさっきのマネキンを指差す俺。
「ん…どれどれ…?……お☆…あれは…トリンプの新作じゃん♪
さっすがたけあき!お目が高いね〜〜〜☆」
いや…そんなトコで感心されても……。ってゆーか、でも…そーなのか?そーゆーブランド品だと…その……
俺はにわかに寂しい懐具合を思い出し…
「え…?あ……そ…そーなんだ……でも…そーゆーんだと……そ、その…」
かといって、ひとりマネキンに近寄ってタッグを捲る勇気はないし……またやはりない袖は振れず……
いろんな意味で多分にナサケないとは思うのだが……
「そ、その…高い…かな……?」
結局、恥の上塗り覚悟で、俺はらいかに聞いてしまった。
「ん〜、どーかな〜?まぁ…新作だしね……そこそこはするんじゃないかな………」
だが、らいかは、そんな俺の懸念をよそに、こともなげにそう答え、
「ちょっと待ってて……」
その場を動けぬ俺の代わりに、見にいってくれた。
そして、
「あのね……」
「……え?…そんなもんなの……?」
背伸びをし俺に耳打ちするらいかに聞いたその値段は、俺の予想をかなり下回っていた。
ほっ…よかったぁ。そんなんなら、この後のデート費用をさっぴいても、なんとか現金ですみそーだな☆
覚悟していたカード使用にまでは至らず、俺の懸念は一気に霧散し、軽い安堵の息がこぼれる。
「そ…そっか……じゃ…気に入ったんなら、さっさと買ってこいよ……ほら…」
そう言って、財布を手渡そうとする俺に……
だがらいかは、
「ええ〜〜〜?だめだよ。そんなんじゃプレゼント☆っていえないよぉ〜!
ちゃ〜んと、自分で包んでもらうトコまでやんなきゃ☆」
満面のニコニコ顔で、死刑宣告にも等しい言葉を発するらいかに
なっ………!? な…なななななななななにぃ〜〜〜〜!?
俺の全身から血の気が引いた。
「いいい……いやだって、そそそそそそ…それわ……そ…そんなことできねーって!
さ…サイズとかだって、店員のおねーさんに言わなきゃいけねーんだろっ?」
「そーだよ。でもちゃんとおぼえてるでしょ」
慌てふためく俺に、だがやはりこともなげに答えるらいか。
…まあ…それはもちろんカンペキに☆……じゃなくて……
「い…いやでも、試着とかしなくていーのかよ?」
また、苦し紛れに思いついた俺の最後の抵抗にも、
「う〜ん……まあ、ほんとはその方がイイんだけどね…。
でもプレゼントなんだし…それに、最初はそのつもりで、らいかのいないとこで買おーとしたんでしょ?」
やや考えたものの、らいかは涼しい顔であっさり受け流し――
「それに、もし合わなかったら…すぐになら取り替えてもらえると思うし……あ。その辺のところもちゃんと聞いといてね☆」
……げ。
さらに、俺の恥ずかしいタスクが増えたのみ………。
「まあとにかくがんばれ!たけあき☆……あ。じゃあ、お店のひと呼ぶのだけらいかがやったげる☆」
「……え?ちょ…待っ……」
「すいませ〜ん☆」
…………かくして。
心の準備も何もできぬまま……。
その後……俺は生涯忘れることのできない、ハズカシー経験をすることになった……。