甘い欧州旅行

第三章「魔女が魔法を使う刻」

 

 基明が出てって、三十分。

…って…あれ? お…今度は俺の番ってか?

 ふーん、そっか。けど、俺の女関係は、基明と違って、あくまでもクレバー、かつス

ムーズに、をモットーにしてるんだぜ。そんな俺の行動を見て面白いんかね?

 ま、いいや、やせても枯れても(?)この佐久間凌、基明ごときの時間つなぎの役

だけにはならないってことだけは宣言しておこう。

 んじゃ……

 

第三章「魔女が魔法を使う刻」・・・(1)

 

 ふーん、あいつ、ウマいことやったみたいだな。

 …にしても、遅いな。

 ……あ、言っとくが、もちろん基明のことじゃないぜ。

 RRR……  

 お。来た来た!

 電話の音。俺はワンコールで取った。

「あ、もしもし! さやかさん…? 遅かったじゃん。

 ………え? なに…?」

『…ぁ…凌クン? ゴメン…、今さぁ…美恵ちゃんとまゆみちゃんが来ちゃってさぁ…

ふたりして…飲んでンのよ。ごめん、。悪いけど、今日はパス』

 電話の向こうのさやかさんは小声だった。それに、何か背後が賑やかなようであ

る。

 ちなみに、『さやかさん』とは、やはりこのツアーの同行者で、先の基明の説明にも

あったように、俺たちを・・・おっともとい、基明をもてあそぶOLのお姉さんの1人で

ある。(俺はそんな間抜けな役柄ではない。その証拠に俺はからかわれているような

ふりをしながら、今晩このさやかさんと2人っきりで飲む約束をしていたのだ・・・が)

『ほんと…ゴメン…。あ…せっかくだから、来る…? 日本のおつまみとか、あるよ』

  「ちぇ、いいよ、オレが食べたかったのはさやかサンだもん」

『……バカ。あたしだって………ぁ……』

 さやかさんの声が途切れる。どうやら、背後の二人に何か言われたようだ。

『…ちがうって、彼氏じゃないわよ……あ。ゴメン。凌クン……じゃ…切るね、おやす

み ……』

「…あ…さやかさん…?」

 ………切れちゃった。

 俺はうなだれて受話器を置く。

 …あーあ、一気にヒマになっちまったなぁ。くそ…こうなると基明が羨ましいぜ。

 自嘲的な笑みを浮かべ、俺は煙草を一本くわえて、ベッドに横になろうとした……

 と、その時、

 RRR……

 再び電話の音。

 ん…? さやかサンか…? 『やっぱり来い…』とか言うんじゃないだろうな…?

 やだぞ、あの人達の酒の肴にされンのは……

「はい、なに…?、さやかさ……え…?……あ、峰岸さん? す…すいません…!」

 ふてくされた声で、受話器を取る俺。しかし、届いた声はツアーメンバーの一人、

『峰岸亜美』さんのものであった。

 

 峰岸亜美(みねぎしあみ)。年齢は外見から大体三十才前半と推定されるが、それ

以外…職業などは全く 不明の、とかく謎の多い女性であった。

 とはいえ、べつに彼女が隠していた訳ではない。尋ねればおそらくは答えてくれた

だろう。ならば、なぜ……と、お思いだろうが、それは、一度彼女…峰岸さんに会っ

てみると分かる。

 妖艶にして上品、典雅な彼女の振る舞いが、そんな身辺の事など些末な事に思わ

せてしまうことが………

 そう、ようするに、誰も彼女のことを詮索する気が起きなかったのだ。

 また、ここまでの美女となると、多かれ少なかれ、ありがちな高慢さが鼻に付くもの

なのだが、峰岸さんにはそんな気配は微塵もなく、むしろ、俺や基明とも気楽に話し

てくれる気さくな女性であった。

『あら…? 凌クン、誰かと間違えたの…? 暇だったらキミ達と一緒に飲もうかと思

ったんだけど…、先約があったカナ……?』

 甘い低めの声が俺の耳をくすぐる。

「は?…い…いえ…、そんなんじゃ……」

 慌てて、とりなす俺。

 …ったく、情けねえな。基明じゃあるまいし……

『ふーん…、じゃ、ヒマしてたのね…。それなら私に付き合ってくれない…?』

「え…? 付き合う…って…?」

『うん…今まで安田さん達と下のラウンジで飲んでたんだけど、なんか…彼らすぐ酔

っぱらっちゃったみたいで、今、部屋まで送ってきたところなの。

 で…、まだ飲み足りないから、凌クンと基明クンにつきあってもらおうかナ…って』

 …そういや、ちょっと陽気な感じだな……って、ちょっと待てよ!

「へ…? じょ…冗談じゃないですよ! 峰岸さんと飲んでたら体がいくつあっても足

りないっすよ」

 と、わざとらしく慌て、おどけたような口調で返す俺。だが、これは結構マジで言っ

ていた。

 もっとも、俺は結構イケるくちで、年上の美女と一緒に好きな酒を飲む…というの

は願ってもないことなのだが……実は、先日ロンドンで、峰岸さんのうわばみのよう

な飲みっぷりを目の当たりにしており、この誘いには少し躊躇してしまったのだ。

 基明のいない今、峰岸さんとサシで飲んだりしたら、潰されるのは目に見えてい

る。

『あら…! 人をバケモノみたいに言うのね……』

「い…いや、そういうイミじゃ……わ…分かりましたよ、お付き合いさせて頂きます」

『うふふ。さすが凌クン、話が早いわね』

 峰岸さんの妙な迫力に押され、承知せざるを得なくなった俺であったが、多少の期

待感も手伝って腹を決めた。

「…で、どうしましょ、どこで飲みます? 下のラウンジに…します?」

『そうねぇ、それでもいいけど、どうせなら私の部屋にこない? この前買った、いい

スコッチ……ああ、そうだ、凌クンもいたわね。あの時。あれを開けようかなっ て、

思ってたんだけど………」

 …え? それって、あの『ホワイト&マッカイ』のすげーいいやつじゃ……

 俺は、峰岸さんの買ったスコッチウイスキーを思い出して、ごくりと喉を鳴らした。

それは、免税されているとはいえ、俺ごときの身分で飲めるような代物ではない高級

な物だったからである。

 躊躇していた俺の心が吹っ飛ぶ。

「行きます! すぐ伺わせていただきます!」

 数分後、俺は峰岸さんの部屋のドアを叩いていた。

 

「魔女が魔法を使う刻」(2)へつづく・・・・

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