ホワイトルーム・3

Sunset Beach〜熱く燃ゆるオアフの黄昏〜

 

(2)

 さんさんと降りそそぐ陽光に、白く…いや、薄い黄金色に輝く砂浜。

 ところどころに流れ付いた巨大な流木。

 透けるような蒼とたゆたう青がぶつかる水平線。

 ざぁぁぁん………ざっぷぅぅぅぅん……

 自分が声を発しなければ、波の音しか聞こえない。

 辺りを見回しても、左右に湾曲した砂浜のはるか遠くに、かすかにちらちらと人影が

見えるだけ……

 そんな海岸に来るのは、生まれて初めてだった。

 目の前に広がる果てしない海と空だけを見てると、本当に無人島に流れついたんじゃ

ないか、という錯覚さえ覚えてしまう。

「……………」

 あまりの景色にしばし絶句する俺。

 Haleiwaを抜けて15分程。周囲が林に囲まれたビューポイントに車を駐め、木
      
 みち
立ちの間の径を抜け出てみたら……

 いきなり、この光景が俺の目に飛び込んできたのだった。

「ね…キレーでしょう! 穴場中の穴場よココは」

 まるで初めて海を見た人のように固まってしまった俺の背後、木々の隙間からひょこっ

と顔を出した先生が嬉しそうに言った。

「ほらほら、感激する気持ちは分かるけど、その前にこっちきてコレ背中に塗って。キミ

にも塗ってあげるから」

 再び木立ちの中へ引きこもり、サンスクリーンのローションのボトルを片手に、手招き

する先生。

「え…? あ、うん」

 ……あ。そっか。大変だーね。女のひとは。お肌のケアがあるから……

 などと思いつつ、再び林の中へ戻っていく俺。

 むろんのこと、パラソルなどは持参しておらず、このような人気の無い海岸に、ビーチ

ハウスなどといった気のきーた施設があるわけもない。

 あるのは海岸に出る途中にあった簡素な作りの更衣室(それでもあることの方に

驚いたが……)と、砂浜ににょっきりと生える水だけのシャワーのみ。

 したがって、このかんかん照りのなか、休憩の陣を取るのは必然的に、自然の日除け

を使うことになる………つまり林の中、とゆーわけだな。

 とはいえ、程よく生い茂る新緑の木々の中は、吹き抜ける風が気持ち良く、清涼感

あふれた、これこそ自然のレストハウス…といった感をかもしだしていた。

 …うーん、ごったがえしていたワイキキとはえらい違いだ……

 ちなみに、俺たちはすでに先の更衣室で水着に着替えていた。

 まあ、もっとも、先生はその上からTシャツをはおり、ショートパンツをはいている、と

いう姿だが。

 ……どーせ、すぐに脱ぐんだろーに。どーして女ってそーいうめんどくさいことすんの

かね……?

 ま、それはともかく、

「でも俺はいーよ。焼こうと思ってンだから……」

「ばっかねー。現地のひとでもないのに、この陽射しの中、素で焼いたら大変なことに

なっちゃうよ」

 などと、斑模様の木洩れ日を身体に映し出しながら、てくてく歩く俺たち。

 やがて木々の合間、適当に開けた場所で立ち止まり、先生は脇にくるくると抱えてい

たゴザを広げながら呆れたように言った……………って、え……?

 ………ゴザ……?

 い…いや、さっきからなんだろーなー、ゴザみたいだけどまさかなー、とは思ってたん

だけど……。えと、い…一応、ここハワイだよね? な…なんでこんなの持ってるんだ?

この先生(ひと)は…………

「せ…先生……? それ……何?」

「なに…って、ゴザよ。見てわかんない?」

 目を点にして尋ねる俺に、しかし先生はあっさりと答える。

「い…いや、そりゃ分かるけど、いくらなんでもござ…っていうのは……」

「へ…? ああ、そっか。なるほど。なんでハワイくんだりまで来て、ゴザ? って思っ

てる訳ね?」

 手を休め、何かに気付いたような顔をこちらに向ける先生。

 ……はい。まったくそのとーりです。

 黙って大きく頷く俺に、だが先生は何やら得意げな顔になり、

「ふふん……ま、キミハワイ初めてだから知らないのも無理ないか。ハワイじゃね、

主流 …とまではいわないけど、結構こういう海岸とかでの敷物として重宝されている

のよ。コレ……ほら、ビニールシートと違って、通気性がいいでしょ?

 使ってみれば分かるけど、ベタベタしなくてなかなかいーわよ。そーいえば。ワイキ

キ辺りじゃ海辺のお店でも結構売ってたと思うけど……。見なかった?」

「へぇぇぇぇ!」

 思わず感嘆の声を上げてしまう俺。

 いや、本気で感心したぞ!

 …うーむ、日本古来の文化がこんな所でこんな形でいかされているとはなー……

「さ…それじゃ、お願いね☆」

 なにやら妙に感慨深いものを感じている俺に、先生はサンスクリーンのローションを差

し出し、ウインク一つ。かがみこんでショートパンツを下ろして、Tシャツ捲り上げ……

 ………って、おおおおおおおっ!!

 目の前で、へーぜんと水着姿になっていく先生に思わず目を見張る俺。

 い…いや、『へーぜんと』も何も、これから海で泳ごうとしてるんだから、あたりまえ

なのだが、自分のカノジョ(って言ってもいーよな?)の水着シーン……それもお初、

ときてる。これで興奮しない奴は、その場で男失格である。

 ……おっと、そんなことで気を散らしてる場合ではない。しっかり目に焼き付けな

くては……

 などと、目を凝らす俺の前で、   

 ダ−クブラウンのビキニに包まれた先生の豊かな胸がTシャツに引っ掛かり……

 ……う…うおぉっ☆

 ……持ち上げられて、ぷるんと落ちた。

「…………………」

 木洩れ日の中、目の毒どころの騒ぎではない文句なしの先生のボディラインに、

俺の両眼は、まさに釘付けとなる……

 ざざぁぁぁーん………

 白い波頭が崩れる音。

 ……はっ!

 気付けば、

「ん…なに……?」

 Tシャツを首から抜こうとしたその姿勢のまま、先生は不思議そうな顔を俺に向けて

いた。

「………え? あ…いいいいいいや、べ…べつにっ! なななんでもないよっ!」

「……しょっと。ふーん? 変なの」

 伸び上がるような仕草でTシャツを頭から抜き取り、小首を傾げる先生。

「そ…それよかさー、なんでこの海岸こんなに空いてンの?」

 俺はあわてて話を変える。

 ……ったく、なーにをどぎまぎしてんだ? 俺。水着どころか、もう先生のなにもかも

知ってンだろーに………

 一方、そんな俺に先生は、

「んー? ああ、たぶん交通の便が悪いからじゃないかな。車でしか来れないからねー

…ココ。それに、この辺じゃポリネシア文化センター以外には、特に観るトコもないし、

あと、泊まるトコもないしね」

「へ…へぇ…」

「ま…一応路線バスは来てるけど、わーざわざ、ワイキキあたりからバス乗って、

2時間以上かけてここまで泳ぎにくる観光客はまずいないでしょうしね……。

 それに、ドライブで来るひとなんかは、景色だけ見て、ほとんどパスしちゃうだろーし…

……ま、土日なら地元のひとがもうちょっとでてるんだけどね」

 動揺しまくってる俺に気付かない様子で、やたら親切に説明してくれる先生。

「ふーん……」

 その間にようやく落ち着きを取り戻し、俺は素直に感嘆の息を漏らしながら、改めて

辺りを見回した。

 ………しっかし、何度も言うようだが、ワイキキ辺りとおんなじ島とは思えないぞ。

 この空きっぷりは……

「ほらほら、ンなことより、もたもたしてると遊ぶ時間なくなっちゃうよー。

 さ、早く塗った塗った」

 ゴザの上にうつぶせに寝そべり、まるで左官屋の親父(^^;のような口振りでローシ

ョン塗りを促す先生。

 ………はいはい……っと、あ☆

「ねー、先生、コレ……うまく塗れないからほどいていい?」

 うつぶせになった先生の横に跪き、俺はブラのヒモを手に取って言った。

 ……えへへへへへ☆

 だが、

「………だめ。」

 緩んだ笑みで問いかけた俺に、組んだ手を枕にした先生が、笑顔だが鋭い視線を

俺に向けた。

「へ?」

「細いヒモなんだし、ちょっと持ち上げれば手は入るはずよ。第一、別にねそべって肌を

焼こうとか思ってるわけじゃないし………それに、そんなアブナイ状況になってるひとに

そんなコトはさせられないわよ?」

 言って俺の股間を指差す先生。

「へ……?」

 ……………………あ…あらま、すっかり突撃体勢……

 …く…くっそー、さっきから気付いてたんだなー。けど、こんなのちょっとくいっと引

っ張っちゃえば……

 などと、半ばムキになった俺が少々強引なことを考えた矢先、

「ふーん、そんな顔して、なーに考えてんのかなー? いーこと? 運転手は〜私〜♪ 

あなた〜♪は……?」

 いつの間に手にしたのか、先生は人差し指にぶら下げた車のキーをくるくる回し、

言葉になにやら字余りの拍子を付けて、目で問い掛ける。

 …………う。そ…それはつまり……?

「日常会話もろくすっぽできない。この辺の地理も頭に入ってない。さーてウマイこと

ワイキキまで帰れるバスに乗ることできるかしらね? あ、そーいえば2、3本乗り継

がないと帰れなかったよーな………

 ………ごめんね。あたしバスあんまり乗ったことないからわかんないわ……」

「………うっ………」

 さらに、意地悪い笑みを浮かべる先生に、言葉もなく。俺は邪念を振り払い、ただただ

柔らかな背中で、丹念に手を滑らすより他に術はなかった……………

……しくしくしく…………。

      

 

(3)へつづく。

 

 

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