ホワイトルーム・3

Sunset Beach〜熱く燃ゆるオアフの黄昏〜

 

(3)

 そして……

「んっ、はぁぁぁーあ………あはは…、よく遊んだねー」

 夕焼けの色に染まった空をバックに、海の中、腰ほどの深さのところで背伸びを

し、笑いかける先生。

「………ん」

「……さぁて、それじゃあ、そろそろ帰ろっか?」

 気のない答を返す俺に、先生は濡れた髪を手ぐしで直しつつ言った。

 …………はあ? 帰る……?

 その言葉で、ようやく……………

「………え?」

 仰向けの格好で、水面にぷかぷかと浮かんでいた俺。ともすれば、背に受ける

心地好い波の揺らぎと同化しそうになっていたその思考を元に戻した。

 ………あ。もうそんな時間……? 

 そ…そーいえば、さっきから陽射しがゆるくなったなー、とは思ってたけど……

 気付いて辺りを見回せば、浜辺の林はすでに夕闇に包まれ、透き通るような青

だった海面も、早や濃紺の色に変わりつつあった。

  

 ……ゆるやかに、たゆたう波のごとくゆったりと迎えたハワイの黄昏……

   

 あれから、数時間。俺たちは灼熱の太陽のもと、この貸切状態の海岸で目一杯

遊んだ。

 ビーチボールや、ゴムボート、サーフマット……そんなマリンアイテムなど使わずに、

身体一つ、素のままで。

 それでいて、こんなに時を忘れるほど海で遊んだのは、一体何年振りだろう……

 時の流れが緩やかなこの地にも、やっぱり陽は落ちるんだな……

 などと、柄にもなく、妙に感傷的な気分に耽ってしまう俺………

 …い…いーじゃん!別に……、そーいうトコなんだよ! ココは!

「栗本…? どしたの? おいてっちゃうよ」

 誰に対してだか分からぬ照れに赤くなる俺を、不思議そうな顔で眺めながら、

浜に向かって水をかきわけていく先生。

 ……あ、いけね。

 体勢を元に戻し、俺は慌てて先生の後を追った。

 ばちゃばちゃばちゃっ。

「ちょ…ちょっと待ってよ…先生……」

 波打ち際、水を跳ね上げ駆け寄る俺に、先生はふと立ち止まり、

「…………」

 ゆっくりと振り返った。

 ……………………え?

 この日最後の陽光に、水滴をちりばめた先生の笑顔がきらきらと輝く。

「…………………」

 そして………

 考えるより先に……、

 俺は先生の身体を抱き寄せていた。

 ざざぁぁぁぁん………

 崩れ落ちる白い波頭を背に、二つの影が一つになる………

 ………………………

 数分……いや数十秒のことだろうか……。

「…ん」

 柔らかな先生の唇を感じながら、俺はふと薄目を開いた。

「………………」

 目の前には、あたかも眠っているように目を閉じる安らかな先生の表情。

 まるでそのすべてを委ねたかのように俺と唇を合わせている…………

 どくんっ!

 一際強く高鳴る胸の鼓動。

 駆け巡る血の流れが指先にまで伝わり、胸が締め付けられたような息苦しさを

感じる。  

 ……な…なんだろう? これ……?

「………ん?」

 唇を合わせたまま、にわかに荒くなった俺の息を感じたのだろうか、うっすらと目

を開ける先生。

 そして俺は、

「んんっ!」

 訳も分からず、熱くなっているこの気持ちを知られてしまうのが、なぜか恥ずかし

く思え、先生の身体をさらに強く…荒々しく抱き締めると、強引にこじあけた唇に舌

を捩じ込んだ。

「んんっ!? んーっ!? んんんっ……んっ…ん…ん」

 いきなりの俺の行為に、目を見開き、僅かに抵抗する先生。

 だが、がっしりと抱き締める俺の力に、逃れることは無理、と悟ったのだろうか、

それとも、人目を気にしないでいい異国の地、ということが、より先生を大胆にした

のだろうか。

 次第に先生の口は開かれていき、

「んふっ…んっ…んっ…んっ……」

 招き入れた俺の舌に自らも舌を絡ませていく。

 ちゅ…くちゅ……

 また、抱き締める俺の力に呼応するように、俺の首に回された先生の腕にも力が

入る。

「ん…んんん………」

 にわかに吹き抜ける一迅の浜風が熱く火照った二人の身体を撫でていった………

    

 やがて、

 さぁぁぁぁ………

 引いていった波が、抱き合ったままの二人の足元の砂をえぐり取っていき、俺たち

はまともにバランスを崩す。

「ん…ぁ…?……んっ…」

 しかし、それでも唇も身体も離そうとしない俺に、先生は足を踏み変え、なんとかバラン

スを保とうとする……が。

「んんっ……!?」

 俺はよろめく身体を保とうとはせず、むしろ体勢が崩れるその勢いに自ら体重を乗せて、

先生に伸し掛かっていった。

「え? あ…あ…ちょ…栗も……きゃぁっ!」

 当然、先生一人で二人分の体重を支え切れるはずもなく、俺たちは抱き合ったまま、

その場に倒れ込んでいった。

 ぱしゃっ……ん……

 跳ね上がる水飛沫がほんの僅かだったのは、倒れる瞬間、力を込めた俺が先生の

身体を支えたため。

 そして………

 寄せては返すゆるやかな海水の流れの中、折り重なった俺と先生。

 俺は、横たわる先生の両脇に腕を立て、じっとその目を見詰める。

「……………………」

「……………………」

 しばし、先生も驚いた表情のまま、俺を見詰め返していたが、

「や………」

 困惑と怯えのまなざしを俺に向け、身体を捻って逃れようとする。

「あっ!? やっ……」

 だがむろん、俺は両手で肩を、両足で下半身を固定し、それを許さない。

「ちょ…ちょっと……う…うそでしょ? こ…ここで……?」

 驚愕の表情を浮かべ問う先生。

「あ…あむっ!!」

 答える代わりに俺は再度先生の唇を奪い、同時に、水に濡れさらに滑らかさを

増した先生の肌を撫でつける。

 柔らかな太ももから細い腰、そして豊かな弾力を伝える乳房へと……

 起伏に富んだ緩やかなアーチを描く身体のラインを確かめるように。

 何度も、そう、何度も………

「ん…っ…んんんーっ…ん…んふ……ぁ……」

 わずかに立てた五本の指先が肌を通り往く度、合わせた唇の隙間から先生の甘い

吐息が漏れる。

 そして、ひとときの間を置いて、俺は唇を離した。

「ん…あふ…ぅ……」

 うっすらと目を開き、とろんとした表情を浮かべる先生。

 だがそれも一瞬。すぐさま我に返り、

「……はっ! や…やめよ…ホントに………ここはジャニスの家からだって近いの

よ…… そ…そーじゃなくても、いつ誰が来るかわかんないし……ほ…ほら…日本人

の観光客とかだって……そ…そしたらひょっとして……その中に知ってる人がいる…

かも……」

 覆い被さる俺の両肩に手を付いて、全っ然、現実味のない全く皆無に近い可能

性のことを弱々しい笑みで並べ立てる。

 …あらら、なんかだいぶ混乱してるなー……だいいち俺が言うのもなんだけど、

そもそも、誰かに見られるとか、そーいうことじゃないでしょ……

 ……ま、でもなんかカワイイけどね、先生のこーいうとこ☆

 などと心の中でほくそ笑み、俺は自信満々、きっぱりと言ってやる。

「だいじょーぶ。なんにしても、もう暗くなってきたからわかんないよ……たぶん。」

「たぶん? たぶんって、なんなのよ? だいたいそもそもそーいう問題じゃなく…て…

…んぷっ!?」

 ざぷ…んっ。

 打ち寄せた波の滴が顔に掛かり、ようやく肝心なことに気付いた先生の言葉を途切

らせた。

 むろんその機を逃さず、俺は先生の水着のブラを捲り上げる動作に移っていく。

 きつく乳房の付け根を締め付けるストラップ部に指を差し入れ、ぐいっと一気に……

 ぷるん………っ。

 ほどなく、こぼれおちるように豊かな先生の乳房が水着の締め付けから解放された。

「ん…ぷっぷっ! ………え? ああっ!? だ…だめぇっ!」

 顔に掛かった滴を手で拭いつつ、目を丸くして俺を突き飛ばそうとする先生。

 だが遅い。

 俺は先生の腰に回していた腕をぐいっと引き寄せ、強制的に腰を浮かさせて先生の身

体を反らせた。

「え…ひゃぅっ!?」

 首をがくんっ、のけ反らせ、胸を突き出した格好になる先生。

 もちろん俺は突き出された乳房に一直線。いきなりその突端に吸い付いた。

「んっ…んあああああーっ!!」

 強烈な刺激に悲鳴を上げ、さらに身をのけ反らせる先生。

 続いて俺は、空いているほうの手をゆるゆると下に伸ばしていく。

 濡れた肌の上をつぅーっと滑り下りていく俺の指先。湿ったダークブラウンの水着を中

指で捲り上げ、するりっとその中にもぐり込ませる。

 水に濡れ、ざわついた茂みをかきわけ、伸ばした指を届かせる。

 …………濡れている………

 …あ…いや、海ン中でこんなことしてんだからあたりまえ、と思ったかもしれないが、

そーじゃなくて。……だいいち、海水がこんなに熱いわけがない。

 そう、海の水に触れながらのせいなのか、先生のソコはいつもより熱く感じた。

 ぬぶり………っ

「んはぅ…っ!? あ…あ…あぁぁぁーーっ!」

 ともあれ、俺の指は、その部分に届くや否や、何の苦もなく、まるで吸い込まれるよう

に先生の中に没していった。

「あぁぁぁっ!…ちょ…だめ……あ…やめ…ンっ!……くふぅっ!んあっ!」

 すかさず中で蠢きだした俺の指の動きに、足をじたばたさせてもがく先生。

 俺はさらに、奥深くで指を折り曲げ、『上の壁』を引っかくように動かせてみる。

 びくぅぅぅっ!

「あ…ひぁぁぁっ!…あ…だ…ダメぇっ!…あ…そ…そこ……くぅぅぅーーっ!」

 まさに波打ち際、打ち上げられた魚のように、先生の身体が跳ね回る。

 ……お。 すごい反応☆ じゃ、これは……?

 ちゃぷっ…ちゃぷっ…

 寄せては返す波の中、俺は、先生の中をかき回すようにしつつ、指を出したり、

入れたり……

「あ…い…いやぁぁぁ……お…おねが…い…や…やめて…んっ…あ…す…砂…が、

入っちゃうぅ………」

 …………あ。

 先生の言葉を聞いて俺はぴたりと動きを止める。

 沈み込ませた指もおずおずと抜いた。

 …そ…それは、やばいよな……いくらなんでも……

 一瞬の躊躇が、俺に理性を取り戻させ、その力を抜いてしまったのだろう。

 どんっ!

「うわぁっ!」

 ばっしゃーんっ!

 そのスキをついた先生に胸板を強く押し退けられ、俺は盛大に水飛沫を上げて後方

へすっ転がった。

「う…いてて……な…なにすんだよー…ひっでぇな…………あ。」

 よろよろと身体を起こす俺の前に、冷ややかな笑みで俺を見下ろし、立ちはだかる

先生。

 そして……

「………………」

 しりもちを付いたような格好のまま固まる俺に、浜辺をびっと指差し、無言の命令を

告げた。

 ……さっさと海から上がれ…と。

「…………はい」

 

 ざーざー。

 砂浜に、にょっきりと生える背の高い3本の首を垂らしたシャワーのもと。

 内2本のシャワー口が滝のような水を俺と先生の頭上に降らせていた。

 ややあって、

 きゅっ。

「どう? 頭は冷えた?」

 コックをひねり水を止め、手早く潮と砂を落とし終えた先生が溜め息交じりに言う。

 一方、俺は身体を洗うこともせず、ただざーざーと水をかぶりながら、

 …そりゃね……こんだけ水かぶりゃ…頭どころか身も心も冷えますよ……1か所

以外はね……

 などと、いじけた想いを込めて、上目遣いに先生を見た。

 だが、

「ん…? 何よその目は? だいたい、キミがあんなところで暴走するからでしょ」

 ……う。んなこといったって………しょ…しょーがないじゃん……

 「……ったくぅ、ほらほら、洗う気がないんなら、もう行くわよ!」

 睨み返されたその視線に負けてそっぽを向く俺に、先生はなげやり気味にそう言い、

俺の手を引っ張る。

「…………」

 がしかし、俺はそこを動かない。

「……? 栗本……?」

 つんのめり、訝しげな表情で振り返る先生。

「…………」

 そして俺は、髪から滴るしずくを拭うこともせず、再びさっきと同じ目で先生を見上げ

た。

 まるで、欲しいオモチャが買ってもらえない子供のように……

「栗本………」

 困ったように呟く先生の声。

 はっきり言って、自分でも情けないことこの上ないが………あいにく、男の身体は、

そうそうききわけがいいようには出来ていない。

 …あーあ。……けど…これで先生もほとほと愛想をつかしたろ………

 自己嫌悪でずーんとダークな気分に浸る俺……………って………え?

 ぎゅっ。

 自嘲的な笑みを浮かべたそのとき、俺は先生に抱き締められていた。

「………え? せ…せん…せい……?」

「ばか…ほんとにしょうがないんだから………」

 訳が分からず戸惑う俺の耳元で、先生は呆れた声…だがどこか温かさを感じる

言葉で囁いた。

 そして、

「ね……そんなにがまんできないの?」

 言って、先生は少し身体を引いて、眉をひそめた上目遣いで俺を見る。

「え…? あ…う…うん………」

 躊躇しながらも、素直にうなずく俺。

「ふーん、でも困ったわねぇ……ココじゃ、絶対にイヤだし、うーん…もうちょっと安心

できるトコだったらねぇ………」

 なにやら困ったように考え込む素振りを見せながら、すぅーっと視線を横に流す先生。

「…?………あ。」

 俺も、反射的に先生の視線の先を追う………と、そこには、さきほどゴザを敷いた

あの林が闇に包まれ鬱蒼と茂っていた。

 な…なるほど! そおいうことかっ!!

 きっとこのとき、俺の顔は沈みゆくあの夕陽より輝いていたことだろう。

「じゃっ、先生っ、いこ早く!」

「……やれやれ、ったく、げんきんなんだから……でも、その前に……」

「え…」

「あたし……身体冷えちゃって……誰かに肩でも抱いてもらわないと、歩けないか

なー?」

 ぴとっ、と俺に身体を預け、甘えるような笑顔を見せる先生。

 ……なーんだ。そーいうことなら、肩とは言わず……

 俺はにやりと笑みを浮かべると、先生の肩を引き寄せる。

「あ…ん」

 可愛い声を上げる先生。

 俺はそのまますっと身を屈ませ、先生の両膝の裏側に腕を通し、

「え…な…なに?」

 驚く先生の足を取り、肩に回した手と共に両腕に力を込めて、一気に先生の身体

を引き上げた!

「んっ!!」

 ぐいっ…

「きゃぁ!」

 少女のような悲鳴を上げる先生。

「………あ………」

 そして次の瞬間、先生はちぢこまったような格好で俺の腕の中にすっぽりと包まれ

ていた。

「……え…………ちょ…く…栗本………?」

 頬を染め、目を丸くする先生を腕の中に、

 ………う…。

 …ちょ…ちょいきついけど……ま…あそこまでなら…なんとかなんだろ……

 俺は血管浮き出たこめかみを見せぬよう、前方を見据え、一歩一歩ゆっくりと銀の砂

を踏みしめていった。

     

 

(4)へつづく。

 

 

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