甘い欧州旅行
第七章 ピーピング・ナイト☆
(2)
………が、
「え……?」
無人のカウンターブース、そして、まったく人気がないソファやコーヒーテーブルが並ぶオープンスペースのラウンジの前で、呆然と佇むあたし。
そう、あたしの思惑に反し、ラウンジは……
「や…やってないの?」
しかしこれも、よく考えてみれば、べつに驚くほどのことではない。
つまり、このホテル、こことは別にメインロビーのフロアにレストランエリアがあり、そこにもラウンジはある。よーするにぶっちゃけた話をすれば、お客の少ないこの時期、サブにあたるこっちのラウンジは不経済だから閉めているとゆーわけである……。
まあ、営業はしてなくても、フリーラウンジとして自由に出入りはできるみたいだが…。
って、それはいーが………うー、あたしのザッハトルテは……
もはや本来の目的とゆーかなんとゆーか、そんなものはすっかり忘れ、憎々しげに人気のないラウンジを見回すあたし。
悔しさから、改めてメインのラウンジに行ってやろーかとも思ったが……
「あ……」
ふと、正面、大きな窓ガラスに気付き……
「ま…せっかくだから、ちょっと見てこーか」
すでに本気でどーでもよくなっていたのだが、言葉通り、もののついでといった感じで あたしは薄暗いラウンジの奥、プールの照明が漏れて、ぼーっと輝く壁一面の大きな窓ガラスに近寄っていった。
「うーん…一応、こっちからの方がいいわね……」
もう時間も時間だし、こんな何もないフロアーに誰かが来るということは考えにくいが、通りかかる人くらいはいるかもしれない。それにやはり若干の後ろ暗さもあってか、あたしはラウンジの外からは見えにくい無人のカウンターの影へと身を移し―――その場にしゃがみこんで……
そして……
「う…そ……」
窓ガラスに手を付き、眼下のプールを見下ろすあたしの目は、これでもか、と言うほどにかっ開かれた。
プールサイド。白いロッキングチェアにゆったりと身体を預ける峰岸さん。
妖しく微笑む彼女の視線の先では、その場に跪いた凌くんの指先が、まるで彼女の身体をピアノに例えたような動きで、なまめかしく這い回っていた。
「…ま…マッサージじゃ…ないわよね……」
一目瞭然のこの光景を、素直に受け入れられなかったのか、間抜けな言葉を呟くあたし。
い…いやぁ……そ…想像どーりっちゃあ、それまでなんだけど、まさかホントに……。
そう、このときまであたしは事態をもっとカルく考えていたのだ。
――邪な期待に胸躍らせて、ワクワクして覗いたはいいが、あたしの目に映ったのは、プールサイドで峰岸さんの水着姿にテレまくってる凌くんと、それを大人の雰囲気でからかう峰岸さん……。
そんな光景を目の当たりにして、「はは…やっぱりね。何考えてんだかあたしは…。さ、こんなくだんないこと考えてないでザッハトルテザッハトルテ〜♪」
――などといった展開になるものだとばっかり……。
しっかし、いーんだろーか。そ…そりゃ、さっきも峰岸さんに言ったように、この時期この時間に、プールを利用しようなんてひとはおそらくいないだろーし、あたしも『それなりに…』とかなんとか言っちゃったよーな気もするけど……。
えと……峰岸さん? なんかイミはき違えてません……?、
ってゆーか…もぉ、『それなり』にとか『大胆』とかそーいうレベル、カルくぶっちぎってるよーな気がするんですけど…あんたら……いくらなんでも……
「え…?う…うわ…うわぁ〜」
ともあれ、そんな風にあたしが混乱したり戸惑ったり、よけーな心配を焼いてるそのうちに、眼下の光景はよりスゴいコトになっていた。
ゆったりとなめらかな身のこなしで、峰岸さんに伸し掛かっていく凌くん……
すましたような優しい笑みでそれを迎え入れる峰岸さんの唇を、これまた見るからに手慣れた流れるような動作で奪いつつ、胸元に這わせた掌を水着の隙間から差し込んでいく。
ふ…ふーん、やっぱ基明くんの友達だけあって、相当なもんね彼も……。
まばたきも忘れ凝視する傍ら、なにやら多分に場違いな感嘆の息をもらすあたし。
……度を超えた驚愕で脳がマヒしてしまったのだろうか……。
「ん……っ」
またその一方で、あたしは自らの胸に手を押し当てて……って、な…なに?何しよーとしてんの。あたし?
まったく無意識のうちに、自分のふくらみをわしづかみにしていたことに気付いたあたしは、慌ててかぶりを振って、妙な考えを払拭しようとする…が、
「あ……」
ひとたび感じたその感覚は、今までに覚えがないほどの鮮烈さで、また切ないほどにあたしの全身を駆け巡り――
やがて……
い…いーわよね。ちょっとくらい……
得てして、この『ちょっとくらい』は、いーかげんなものであり、その額面通り済んだ試しなどないのだが、
「……ん…」
まるで現実味のない、あたかも窓ガラスというスクリーンに映し出された淫美なその情景を見てるうち、あたしの頭の中はぼーっと白んでいき、
「ん…っ…あ……」
気付けば自分自身をきつく抱き締めるような格好で、胸元に差し込んだ掌を執拗に蠢かせていた。
「…あ……ふ…ぅ…」
とろんと半開きになった眼で、再度あらためて窓ガラスの向こうを見下ろせば……。
眼下では、ひととき凌くんの動きを制した峰岸さんが、ロッキングチェアから下りるところだった。
挑発するような妖しい微笑みを浮かべつつ、濡れて輝くプールサイドの床に横たわっていく峰岸さん。さしのべたその両手に導かれるように、凌くんがその上に重なっていく。
抱き合い、執拗に互いの身体をまさぐり合う二人……
峰岸さんの首筋に添えた凌くんの唇がつつーっと、うなじまで這い上がり……また、黒い水着の胸元、差し込まれた彼の掌によってその形の良いバストがやわやわと揉み潰されていく……。
艶やかな唇を歪ませ、峰岸さんのその表情が恍惚の笑みに変わり………
「あ…ふ…ぅ……」
あたしは自らの乳房をまさぐりつつ、そんな彼女の感覚とシンクロしたように、思わず熱い息を漏らす。そう……あたかも、艶やかな彼女の唇の動きを見て、それにアテレコする声優のように。
はぁぁぁ…なんかホントにあたしまで凌くんに触られてるみたい……
やがて、そんな男性にしては繊細に見える凌くんの指先が、しなやかな峰岸さんの身体のラインを辿り、腰の後ろへとその姿を没していく。
「んぁ…あふぅぅぅ…んっ」
視覚による刺激と触覚による直の感覚が重なり合い、身震いさえしてしまうあたし。
……って……ん? 直の感覚って……? え…あたしの両手はここ……?…え…?
「………っ!」
ぞくぞく…っと、腰の下から感じた鮮烈な感覚……ミョーにリアルな…そう、お尻にあてがわれた掌の感触で、あたしは我に返った。
……え?うそ……これは……?
きゃー!ひょっとして、これは異国の地にて見知らぬ男に弱みを握られ抵抗できず懐柔されあんなことやそんなことまでされちゃったりなんかする展開?うう……加瀬洋子、2?才人生最大のぴーんち!
…………はぁ…。
自分で言っててムナしくなるから、もうやめとこ。
はん。どーせ、この展開は……
あたしは、うんざりしながら、ずうずうしくもいまだ変わらずお尻をまさぐっている謎(?)の手の方に顔を向けた。
そして、そこには、あたしの予想通り、
「ん…洋子さん、なにしてンの?こんなとこで……?」
ほらね。
自分のしている行為をまったく悪びれた様子もなく、あたしとおんなじような格好でその場にしゃがみ込む基明くん。言うまでもなく掬い上げるように差し出してる手はあたしのお尻に。
「な…なにしてんの…って、キミこそ……ってゆ−か、その手はなに?」
「へ…ああ、いや…だって、なんかお手伝いした方がいいかなー…なんて……」
……くっ、こ…このコは……。
彼のふざけきったセリフに、胸の前で握った拳を振り上げたくなる気持ちをぐっとこらえるあたし。
「おお☆凌の奴すっげー!」
一方、そんなあたしの逼迫した思いなど何処吹く風で、窓の向こうの光景に、まるでスポーツ観戦か何かをしているような声を上げる基明くん。
もちろん、あたしのお尻をまさぐる手の動きを止める気配など微塵もない……とゆーより、それどころか、しゃがみ込んでいるその格好により、膝上あたりできつく両足を締め付けているあたしのスカートを無理やりにずりさげようとしている。
こ…このー…って、あ!ちょ…ちょっと…だめ!
また、同じくその格好のせいで、よりタイトに肌に張り付いているあたしのスカート……その上を走り抜ける彼の指先の感触は、いつも以上に鋭敏にあたしの感覚を刺激し始めた。
「…ん!…っくぅぅぅ……」
「へっへー、洋子さん今ぴくってなったでしょー?」
………う。
したり顔でそう囁く基明君。図星をつかれ、一瞬怯むあたしだが、冗談抜きでいくらなんでもこんなところで、このコのいいようにさせわけにいかない!
振り返りざま、あたしはキッと基明君を睨み付け、
「ば…馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! もういーかげんに……あ…?ちょ…あ…ん…んむ……」
……だが、そんなあたしの動作を完全に予測していたかのように、顔を近付けていた基明くんに、いとも簡単に唇を奪われ、文字通りあたしは言葉を失ってしまう………。
「ピーピング・ナイト☆」(3)へつづく