ロフト・イン・サマー・U
〜月明かりのテラスにて〜

*注;このお話は前作「ロフト・イン・サマー」からの続きです。
前作を読んでない方はこちらをどうぞ☆

(1)

 翌日、午後十時。

 ログハウス調の別荘の二階、建物の周囲をぐるりと囲むように取り付けられたや

や大きめの木製のベランダにて、

「…真子、おせェなァ……」

 月明りを浴びながら、剛は真子を待っていた。

「………」

 丸太でできたフェンスに寄り掛かり、恨めしげな視線を足元へ落とせば、すのこ状

の板の間の隙間から、階下で行われている宴の光が漏れていた。

 陽気な笑い声と宴のざわめき、そして流れるようなピアノの旋律が夜風に乗って剛

の耳に届く………

「ふ…ん、あいつ…ピアノの腕はあんま変わってねーな……」

 苦笑を浮かべ、耳に届いた懐かしい音色にひとりごちる剛。

 そう、昨晩の剛に代わり、今日はピアノ演奏などを交えた真子が、大人たちの酒宴

の付き合いをさせられているのだが……

〜〜〜〜♪

「かーっ、こりゃ、けっこうかかりそうだな……」

 流れ聞こえてくる、そのピアノのメロディから察するに、真子が抜け出すにはまだま

だ時間が掛かりそうだった。

「あーあ」

 大きなため息ひとつつき、剛は、ふと、今日一日のことを思い返してみる………

 

 ……まったくもって、いつものことだが、今朝、剛が遅い目覚めを迎えたとき、屋根

裏部屋には誰の姿もなかった。

 もちろん、隣に寝ていた真子の姿も……

「………」

 むっくりと身体半分起こす剛。

 ただでさえ寝起きではっきりしない頭が、いつも以上にぼーっ、としていたのは気

のせいではないだろう。

 ともあれ、頭が徐々にはっきりしてくると、にわかに蒸し暑くなり始めた屋根裏の気

温に耐えられなくなってくる。

 いつもなら、その暑さで飛び起き、朝食に向かうのだが、今朝は……

「はあ……」

 腕の支えを抜いて、剛は再び布団の上に寝転がってしまった。

 そう、昨晩の事を思うと、真子と顔が合わせずらかったのである。

「………………」

 柱の木材などが蒸されていく匂いの中、ただじっと仰向けに横たわる剛。

 もちろん、いつまでもこんなところでごろごろしていられない、ということは分かって

いる。いくら人数が多いとはいえ、子供たちのお目付け役である剛がいないことなど

はすぐに気付くだろうし、いつもの寝坊というのにも限度がある。 

 第一、ただでさえ熱のこもりやすい屋根裏だけに、室温はすでに耐え難い暑さにな

ってきており、それこそ、このままでいたら身体の方がどうにかなってしまうだろう。

「……あ…あちぃ……」

 うめく剛の全身からにわかに吹き出す汗がそれを如実に物語っていた。

(あーっ! だめだ! もう行こうっ!) 

暑さに耐え兼ね、何度となく身体を起こす剛だが、 

(…でも……なあ……)

 まとわりつくような熱気に絡め捕られたかのように、へなへなと布団の上に崩れ落

ちてしまう。

 そこへ……

「やーだ。まだ寝てるのぉ? 早く来ないと剛の分の朝ごはんなくなっちゃ……って、

あっつーい! 良くこんなところで寝てられるねー !?」

 エプロン姿でぱたぱたと階段を上ってきた真子が呆れたように言った。

「あ…ああ、いま行く…よ」

 反射的に飛び起きた剛は努めて冷静を装い、軽い笑みを浮かべて答えた……つ

もりだったのだが、

「ぷっ……あははははは! やだぁ、なーにその顔? 汗びっしょりじゃん?」

「………!?」

 どうやら、頭から水でもかぶったような汗まみれの顔に、さわやかな笑みはあまり

似合わなかったようだ。剛の奇妙な表情に真子は爆笑する。

 剛は慌ててタオルケットで顔を拭い、何か言い返そうとしたが、動揺が先に立ち、

言葉にならない。

「あははは…なんだか知らないけど、ガマン大会もほどほどにして、早く来てね。いつ

までもこんなところにいたら、干物になっちゃうよ」

「う…うっせ。わーったよ」

 ようやくいつもの調子で返した剛だったが、すでに真子は階段の影にその姿を没し

ていた。

「ふん……」

 面白くもなさそうに、鼻を鳴らして身を起こす剛。

 そこへ、もう一度真子が顔を覗かせた。

「あ、そーだ。干物って言えば、今日の朝御飯、剛の好きなアジの開きだよ。あと何

枚かしかなかったから、早く来ないとホントなくなっちゃうからね〜」

 そう言って、軽いウインクひとつ残し、来た時と同様、ぱたぱたとスリッパの音を立

てて階段を下りていく真子を、剛はただ唖然とした表情で見送った………

 

「…………いつも通りだったよな…」

 星空を見上げながら、ぼそりと呟く剛。

 その言葉通り、今日の真子の態度は、その後もまったくいつもと変わらなかった。

 自分は、今もなお目を閉じれば昨晩のことが鮮烈に蘇ってくるほどで、今日は一

日中真子と目を合わせるのも恥ずかしかったのに……

(夕べのことは俺の夢…だったんじゃないか…?)

 今日一日、何度も思った考えが、今また剛の頭をよぎる。

 だが、ついさっき、屋根裏へ上がろうとした剛に、擦れ違いざま、真子がこっそり耳

打ちしたのは、夢や空想ではなく紛れもなく現実であった。

「あのさ、ベランダの隅っこ…ベニヤ板が立てかけてあるところあるでしょ? あそこ

の裏側、ちょっとしたスペースがあるんだ。適当に切り上げて行くから、そこで待って

て……

 ……と。

 

「……にしても、こんなトコがあったとはなあ」

 というようなわけで、真子に教えられ、剛が現在いる場所はぐるりまわったベランダ

の隅の隅で、ほとんど使わないようなものをしまう物置などが置いてある…要するに

がらくた置き場のような場所であった。

 また、ここには、屋根へと上がるはしごが壁に取り付けられており、子供が登った

りすると危ないので、簡単にはここへ近寄れないように、ベニヤ板での簡易的な仕

切りが設けられていた。

 もともと、家の影になる部分で、なおかつそこへ立ち入り禁止的なベニヤ板の仕切

りである。ここの家の者ですら、そうそう用もなければ訪れないこの場所へ、近寄る

者は、ほとんどいなかった。

 実際、十回以上この家に来ている剛でさえ、気にも止めていなかった場所である。

 つまり、とかくオープンスペースが多いこの家で、ここは今の剛と真子が会うのに

絶好の場所であったのだ。

 

 ポロン………

 ピアノの音が止んだ。

 途端にわきあがる拍手喝采。

 星空を見上げつつ、思いに耽っていた剛は、そこで現実に戻った。

 ……ややあって、

 とん…とん…とんとん……

 ベランダを踏む足音が近付いてくる。

「たーけ!……ごめーん、待ったァ…?」

 真子は急いで来たらしく、少し息を切らせながら、ずらしたベニヤ板の隙間から顔

を覗かせた。

「あーあ…もう、みんな次から次へとリクエストするんだもん……まいっちゃった…」

 真子はベニヤ板を元に戻しながら言い訳したが、剛は星空を見つめたまま何も言

わなかった。ちなみに剛の目の部分は常夜燈が作り出した影に包まれ、その表情は

掴めない。

「あ…れ…? 剛…もしかして怒ってんの…?」

 真子は怪訝な顔になり、肩に手を置く。

 その瞬間、

「え……きゃうっ!?」

 小さな悲鳴を上げ、たたらを踏む真子。

 閃く速さで伸びてきた剛の手が、真子の手首を掴み、その身体を強く引き寄せた

のだ。

 結果、真子は、剛に抱き抱えられるような格好になり……

「え…?え…あ……ちょ…剛?」

「へへ……」

 腕の中、驚いて見上げる真子のを見つめて、ニヤリと笑う剛。

「……!…もう、やだ…マジで怒ってんのかと思ったんだからね……んむっ!?」

 ようやく剛のつもりがわかり、抗議する真子だが、半ば強引に重なってきた剛の唇

に阻まれ、言葉途中でとぎれてしまう。

「ん…んっ!? んんん……っ……」

 真子は再び驚いて目を丸くしたが、剛の体温が唇を通して伝わってくるのを感じる

と、 昨晩のとろけるような感覚を思いだし、目を閉じて剛の背に手を回した。

 やわらかな闇とかすかな虫のせせらぎが、優しくふたりを包む……

 

「……ん…ん……はぁ……」

 唇を放した後、頬を桜色に染め、熱いため息をつく真子……恍惚の表情で剛を見

つめるその瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうなくらい潤んでいた。

「真子……」

 その瞳に応じるように、剛はやさしく囁きつつ、真子の首筋に舌を這わせた。

「ぁ…ん……あ…ふ…」

 剛に包み込まれたまま、とろんとした目を虚空に流し、切ないような吐息を漏らす

真子。剛の息遣いと首筋を這う舌の感触が、その華奢な身体を震わせ、次第に声

のトーンが高くなっていく。

「あっ、あ…あ…はぁ…っ…んんっ……!」

 気付けば、剛の手がごく自然な感じで真子の乳房に添えられていた。

「あ…剛…や…やさしく…よ…あ…そ…そう…」

 真子は安らかな眠りに就くように目を閉じ、全身の力を抜いて剛に全てをまかせ

た。

 きし……

 二人分の重みがかかり、剛の背中で丸太のフェンスが小さな鳴き声を上げた。

 

 

(2)へつづく。

 

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