メイプルウッド・ロード
                     
〜#2.ジャグジールームの甘い霧☆〜

*注;このお話は前作「メイプルウッド・ロード#1」の続編です。
前作を読んでない方は、なるべくこちらからどうぞ☆

 

(1)

  カナダ西の玄関口バンクーバー。そこからさらに西…船で2時間程行ったところに、

バンクーバーアイランドという島がある。

 島と言ってもその面積は四国とほぼ同じ。北米大陸太平洋岸に浮かぶ島の中では最

も大きな島である。

 その南端に位置する英国調の趣を残す美しい町…ヴィクトリア。

 言わずもがな、現在、瞬や由美が他の留学生仲間と暮らす町である。

 バンクーバーやトロントなどの他のカナダの大都市とは比較にならないほど小さな町で

はあるが、これでもカナダ最西部の州、BC州行政の中心…つまり州都である。

 もっとも、観光的にも、その街並の美観以外これといって観るところもなく、パッケー

ジツアーなどでは、バンクーバーのおまけのような扱いをされているため、その知名度

はあまり高くはないだろう。

 が、しかし、周りが海に囲まれているせいか、カナダという厳冬のイメージがある国に

しては気候は温暖で、夏が涼しいのはもちろんのこと、冬でも雪はほとんど降らず、

一年を通じて過ごしやすい町で……と、ガイドブックを書いてるわけではないのでこの

辺にしておく……。

 ともあれ、いろんな意味で心に残る甘いクリスマスをともに過ごし、晴れて…というか、

ようやく…というべきか、恋人同士となった瞬と由美。

 と言っても、二人の性格を考えれば、特に何かが変わった…と言うわけでもなく、相も

変わらず、ここヴィクトリアでの楽しい留学生活を送っていた。

 そんな、あれからひと月ほど経った一月のとある土曜日。

 冬休みも終わり、学校も3ターム目に入った頃のこと……

  

 ヴィクトリア南岸、海沿いの道…Dallas Rd.に佇む赤い屋根の家…現在由美がホーム

ステイをしている家である。

 そして、玄関から吹き抜けの階段を上がった所の正面、由美の部屋。

 かちゃ……ぎ〜。

 茶色の木製のドアが、なにやら憂鬱そうに開かれ、

「……やっば〜〜。肌テカりだしちゃってるよぉ……」

 揺れるソバージュの髪の下、頬に手を添えトイレから戻った沈痛な声に、

「ん…どしたん? アキコ?」

 グリーンのカーペットの上、寝そべって雑誌を読んでいた由美の顔が上がる。

 由美が向けた視線の先、沈んだ顔をうつむかせているのは、やはりこちらでできた友
        
 むとう あきこ
人のひとり、『武藤晶子』、目鼻立ちのはっきりとした、やや南方系の顔立ちの陽気な

女の子であるのだが……

「…………。」

 ドアの前で立ちすくみ、思いつめたように顔をうつむかせる晶子。

 目下、その表情は渋く曇って…いや言葉通り、テカっていた……。

 ちなみに、現在、彼女は今後の予定との時間潰しを兼ね、由美の家に遊びにきてい

るのだが……

「…ど…どーしよぉ〜、これから武史とダウンタウンで待ち合わせしてんのにぃ、こんな

顔じゃいけないよぉ〜」

 かぶりを振って、ようやく発した晶子の声に、

「あーあ。そりゃ大変だ」

 パリッ。

 言葉とは裏腹に、日本から送ってもらったセンベイなどをかじりつつ、まるっきりひと

ごとの口調であいづちを打つ由美。

 言うまでもないが、武史とは、晶子のカレシである。

「……あ、そだ。由美、あんた、油取り紙とテカリ押さえるパウダーかなんか持って

ない?」

「ふえ…?アキコ、あんた持ってきてないの?ただでさえテカりやすいってのに……」

「う…うるさいわねぇ、いま切らしちゃってんのよ!あとで武史とダウンタウンに行った

ついでに買おうと思ってたの!」

「ん…?じゃ別にいーじゃん。武史と会ってから、どっかで買ってトイレとかで直せば…」

 ばりっ。

 また一枚、大判の煎餅が由美の口で砕かれる。

「そ…そーゆーわけにもいかないでしょぉ〜、こんなにテカっちゃったら、ファンデーショ

ンだって落とさなきゃいけないんだし……」

「じゃ…すっぴんでいきゃいーじゃん」

 まったくおざなりな由美の台詞に晶子は顔色を変えて、

「ばっ…そ…それこそそーゆーわけにいかないでしょーがっ!じゃ聞くけどあんたはそん

な顔で瞬の前に出れるってのっ!?」

「べつにぃ〜。だいいち、あたしそんなにテカんないもん。それにあんたみたいにケショ

ー濃くないし………」

「…………。」

 言ってはいけない由美のひとことに、

 絶句状態のまま、怒りのオーラを身にまとい、鋭い視線を向ける晶子を前にして、

「あ………。」

 さすがに、身の危険を感じた由美は、

「と……あー、はいはい……わかったわかった。怒んないでよ……もう……」

 やや怯みつつも、呆れた口調でぶつぶつ言いながら、横着に寝転んだまま身体を

捩って、部屋の隅に置いてあるコスメバッグを手に取る。

 が……。

「……あっちゃぁ〜、あたしも切らしちゃってたわ……あはは……」

 バッグの中をのぞき込んで、乾いた笑いを口にする由美。

「はははははは」

 それに合わせて、こちらはそれにも増して干上がった笑いを漏らす晶子。

 1月〜3月は雨が多いここヴィクトリア、真冬とはいえ湿潤してるはずの室内の空気が

みるみるうちに乾燥していき…。

「あはは…じゃないわよっ!ど…どーすんのよっ!?待ち合わせ4時なのにっ!」

「いや…どーすんのよ…っても、ぜんぜんあたしのせーじゃないし…知ったこっちゃな

い…つーか……だいたい、あんた…もう4時半だよ……」

 顔を真っ赤に染めあげてがなりたてる晶子と対称的に、ポニーテールにまとめた頭を

ぽりぽり掻きつつ時計を見上げ、至って冷静な口調で告げる由美。

 対して晶子は、

「知ってるわよ! だからあわててんでしょーがっ!」

 あわてるあわてないとかゆー状態を早や、とっくの昔に通り過ぎているような気もする

が、とにもかくにも、晶子の怒声が由美の部屋に響き渡る。

「ったく……。しょーがないなぁ…もう。じゃ、ちょっと待ってなよ。瞬…呼ぶから。

で…ロンドンドラッグ(ドラッグストア)あたりに連れてってもらって、車ん中で直しつつ…

武史んとこまで送ってってもらう……これでどう?」

「ん…わかった。でも早くね」

 しごく建設的な由美の提案に、鷹揚に頷く晶子。

 言うまでもないが彼女たちの頭の中に『瞬の都合』などはまるっきり考慮されていない

……。

 まあそれはともあれ、

「えーっと、それじゃ……ん…?」

 身を起こし、テーブルの上に置いてあるコードレスホンを手にする由美……ふと、その

脇の山と積まれた日本から送られてきた菓子…その中のひとつに目を留める。

(あ…)

「あ☆ ねーねーアキコ!これでなんとか……」

 何かを閃いたような表情で、由美が手に取ったのは白い粉に包まれた一個の…

 『豆大福』………。

「あーいーわねー☆それでぱふぱふっと☆……ってなるわきゃないでしょーがっ!」

 …あむむっ!

 絶叫する傍ら、由美の手に置かれた豆大福をひっさらい、口に放り込む晶子。

「ぼー!ばんばとばんばいやってるばーびじゃばいぼぼっ!(もー!あんたとマンザイ

やってるばーいじゃないのよっ!)」

「あーはいはい……わかったわよ……」

 そんな晶子に眉をひそめて、

(……あ。でも待って、ひょっとしたら…ドラッグストア行かなくても済むかも……

 …アイツなら…もしかして……)

 由美は含む思いを胸に、プッシュボタンを押していった。

 

(2)へつづく。

 

 

TOPへ もくじへ