ハート・オブ・レイン
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower
Me〜
(8)
かくて、せっかく生まれた二人の甘いムードは、残念ながら、そこで途切れてしまった が…… …いや。とゆーより―――――― こんなトコロでいつまでもそんなことをやっている場合ではないのだ。そもそも。 すでに正徳達と別れてからかなりの時間が経っている。いーかげん本気で戻らない と、そろそろマズいだろう……。 ともあれ二人は、浸る海水で残る興奮を冷ましつつ……手頃な岩場から岸辺に上がり 、正面の高い岩壁に囲まれた岬の上の道へと向かって、さらに入り江の奥へと―――― 「んっ…と……あ、河合さん、ソコ…気をつけてね……」 道中、背中にボートを背負い込み、大小さまざまな岩が転がる岩場の中を歩み…と言 うか、えっちらおっちら乗り越えつつ……振り返る勇樹に、 「う…うん………え?…きゃあ…っ!」 足元から這いでるフナムシやら、 「……あ…やっ!?…あたたっ……」 岩に貼りつくフジツボやらに驚き、大騒ぎしながら、ぴょんぴょんと勇樹の後に付いて いく美沙。 また、そんなことをやりつつ……やがて二人は、岬を取り巻く―――高さ5メートルほ どの岩壁に突き当たる。 「ん〜……」 そのカベを見上げつつ、勇樹は登る手段をしばし思案し…… 「……あ。よし。あそこから登ってくか……」 すぐ脇の―――岩壁に沿うように山積されたテトラポッド群を見つけ、そこをよじ登り 始める。 一方美沙は、 「え〜!こんなとこ登ってくの〜?」 などと、イヤそーな声を上げるが……かといって、むろんこんな辺ぴな所に、階段や ハシゴなどと言った気の利いたものがあるわけでもなく…… 「……う〜。……またなんかヘンな虫とか出てきそうだよ〜」 ぶうたれながらも、意外とカルい身のこなしで、勇樹の後に続いていった。 やがて、ほどなく…… 「ん…っ!」 勇樹は、そのテトラポッドの最頂部に登り詰め―――もう間近になった壁のてっぺん、 ――すなわち、岬の道路の縁の部分へと手を伸ばし…… 「…んん〜〜?」 カベに身を寄りかからせるようにして、その路面下から顔だけを覗かせ―――岬の道 路の様子を注意深く伺う。 なにしろこの先…いきなり車が行き交う車道だったりしたらコトである。 またそうでなくても、こんなカッコでこんなトコロから這い出るその姿を、誰かに見られ たりしたら、とことん気まずいし……。 「………………。」 だが幸い、そんな勇樹の心配をよそに、低い位置から見上げたその路上には、人影 も行き交う車も見当たらず―――――― みーんみんみんみんみんみ〜…… ただ、岬の中央…山側にこんもり茂る緑からのセミの鳴き声と、斑模様に木漏れ日を 落とす路面の光景だけが広がっていた………。 どうやらここは、出来て間もない、岬を巡るビューポイントなのだろうか―――ぐるり岬 を周回するように敷かれた道路には、まだ真新しい白い車線がカーブを描いて伸びてお り…またその外側の、今勇樹が登ろうとしてる歩道部分も、色彩鮮やかなコンクリートパ ネルがはめ込まれ、きれいに舗装されている。 ただ、それにしては、人影や車の姿が見えないのが気になるが……まあ、これは、 この海水浴シーズンの真昼間。わざわざこんなところまで出向いて、ドライブや散歩を 楽しもうとする者などあまりいない、とゆーことなのだろう。 まあ、それはともかく、 「おーい。勇樹く〜ん…だいじょぶそう〜?」 「あ…うん、こっから登れそうだよ」 足下から届く美沙の声に、答えて勇樹は、 「よ…っと」 とりあえず、背中のボートを道路へと放り投げ、先ず自らその路面へと這い上がり、 「……う。届かない〜」 「あ!…ほら…河合さん…」 「あ…ありがと……んしょ…っと」 その身長により、最後のカベで苦心する美沙に手を差し伸べ―――二人はどーにか その路上へと降り立った。 そして…… 「ふ〜。なんとか着いた……けど……」 あちこちについた泥や砂を払いつつ、辺りを見回し……… 「うぁ………こ…こっからあそこまで歩いてくのか〜……」 「う…うん……かなり遠いね………」 たった今、登ってきた方向…やや高くなった位置から洋上を見下ろし、二人は沈痛な 表情を見せる。 そう、二人が目指さねばならない―――正徳たちが居るはずのビーチの左端は、まさ しく遥か彼方…。 その距離は、例えここから海の上を直線で行ってもかなりのものだろう……にも関わ らず、ここから徒歩であそこまで戻るためには―――まず、この迫り出した岬の突端か らビーチ右端を目指して、その根元の部分まで向かい……さらにそこから、左端まで 海岸線に沿って延々歩かねばならないのだ。 その道のりは…少なく見積もっても、到底1キロ2キロでは済まないだろう……。 しかも、この岬…海上から遠巻きに見ていたときは、さほどとは思えなかったが、 蛇行し、先の見えない道路から察するに……その根元まではかなりの距離があるようで ある。 「………………………………………………。」 かくも暗澹たる現実を突きつけられ、しばしぼーぜんと立ちすくむ二人……。 とはいえ、むろんこんなトコで落ち込んでてもどーなるモンでもなし。 げんなりとうなだれつつも、二人は…… 「はぁ…しゃーない。いこ……」 「………そだね……」 重い足取りで、歩みを進めていく。 濡れた水着からぽたぽた垂れる水滴を、点々と路上に残しつつ………。 またちなみに、この岬の道路…その車道部分は山側より茂る緑で木陰になっているが 、真上から照りつける太陽の折、現在歩いている海側の歩道部分までは、ほとんどその 影は届いてはおらず……。 まさに炎天下…燃えるような陽射しを浴びて、二人の水着は歩むたびに垂れる滴の 量を減らし……そして見る間に乾いていく。 代わりに、際限なく吹き出す汗が、その肌を辿り足元に流れ落ちていくが、それもまた 灼けついた路面を濡らすことはなく……じゅっと音が聞こえるように蒸発し、跡形もなく 消えていく。 あたかも、ほどよく熱せられたフライパンに水滴を落としたときのように……。 「……………………。」 かくも猛烈な熱気に包まれ……それでもただひたすらに、陽炎に揺らぐ道を黙々と歩 く二人……。 容赦なく降り注ぐ陽光が、一歩ごとに彼らの身体から体力と水分を奪っていき…… やがてほどなく、 「う゛〜〜〜……あづい〜〜……。どっかに自販機ねーかな〜〜?」 額の汗をぬぐい、ボートををずりずり引きずりつつ、辺りをきょときょと見回す勇樹。 は小銭などは持ち合わせていないことに気付き…… 「………はぁ……。」 深い落胆のため息をついて、再び足を踏み出そうとした―――――― ―――そのとき、 「……はぁ…はぁ…ゆ…ゆうき…く〜ん……」 背後から届く、弱々しい美沙の声が。 「…ん?」 振り返れば、いつのまにか美沙との距離はかなり開いており…… 「……はぁ…はぁ…はぁ…」 「あ…ど…どーしたの!?」 歩道脇のガードレールを支えに、なにやら苦しげに立ち止まっている美沙に驚き、 勇樹は慌ててボートを放り出し、駆け寄っていく。 「か…河合さん?」 「あ…あはは…ごめんごめん…ちょっと、クラっとしちゃって……」 心配げに駆け寄る勇樹に、弱々しく笑みを作って言う美沙だが……。 「…は…はぁ……ふぅ……。」 苦しげに小さく呼気を吐きつつ、かろうじて笑みの形にゆがませたその唇は、かすか に震え、乾ききっており……また、顔色もすぐれず…というより、もはや完全に青ざめて ………しかも、よく見れば肌に汗もかいていない! 「………え……?」 そんな美沙の異常に、勇樹は血相を変え、 「ちょ…か…河合さんっだいじょぶっ?!」 ふらふらとよろめき、今にも崩れ落ちそうなその小さな身体を抱きとめるも…… 「ん…?あ…あは…だ…だいじょぶだよ……ちょっと暑いだけ……でも…すこし休めば ……だいじょ………は…ぁ…っ……」 弱々しい笑みを浮かべて言うその言葉半ばで美沙は表情を失い、勇樹の胸に倒れ こんだ……。 「え…ちょっ!か、河合さ……」 そして、胸に沈み込んだ美沙の身体は、驚くほど力なく…また、その体温も、熱いはず の自らの体よりさらにはるかに熱く感じられ……。 「…………え………っ?」 「……はぁ…はぁ…ちょ…ちょっとだけ………休ませて……」 荒く息をついているその様子から、どうやら気を失ったわけではいないようだが…… 当然、こんな状態で大丈夫なわけがない。 「あ―――と……とにかく…河合さん、ここ座って……」 とりあえず、抱きとめた美沙は、付近のガードレールに寄りかかるように座らせたもの の…… いまだ灼々と照りつける陽射しの中、 「………はぁ……はぁ……ご…ごめ…ん…ね…ゆう…き…くん……」 苦しげにうめく美沙の顔色は、一向によくならず、逆にますます青白く…生気を失って いく……。 「か……河合さん……」 「はぁ…はぁ…だ…だいじょぶ……たぶん疲れただけだよ……すぐよくなるから……」 悲痛な面持ちで見つめる勇樹に、美沙は気丈にも、荒い息の中、そう言って安心させ ようとするが……一見して、この美沙の変調がただの疲労などではないことは、誰の目 から見ても明らか。 このままこんなところで……ちょっと休んだくらいで、快復するとは到底思えない。 とにかく、一刻も早くこの場を離れ、もっとちゃんとしたところに連れていき、適切な 処置を施さねばならないだろう…。 とはいえ、現在の場所は、先の岬の突端から歩き始めて30分ほど…どうにか岬の 中間辺りまで差し掛かったところである。 まだ目指す道のりは長く………。 「…………………」 ならば…と、助けを求めて周囲を見回せど、やはり辺りに人気はなく…… また、もとよりケータイは浜辺のバッグの中。電話ボックスの類いも見当たらない。 まさに八方塞がりのこの状況に…… (く…くそぉ!ど…どーしたら……!?) 深い絶望感に包まれ、勇樹は途方にくれ――――――――― ……と、そのとき…… ぱぁ〜ん! 「……!?」 背後からのクラクションに、勇樹が驚き振り返れば、そこには…… ……ききっ。 やや離れた後方の歩道脇、ハザードをつけて停まる、一台の白いワンボックスカー が。 「………あ…」 そして、勇樹が声を出すより早く、その運転席側のドアが開き、 「おー、どした?何やってんだぁ?こんなトコで…」 くわえタバコで歩み寄ってくる、タンクトップ姿の男がひとり。 地元の人間だろうか……?年の頃ならハタチ前後。その焦げたように日に焼けた 褐色の肌が逞しそうな青年である。 また、長めのショートパンツに両手を突っ込み、肩を揺らして鷹揚に歩いてくるその姿 から……ややうさんくさげで、いーかげんそうな印象が見受けられるが――― ともあれむろん、今はそんなコトにこだわってる場合でもなく、 「あ……す…すいませんっ!た…助けてください!か、彼女が……」 「……あ?」 取り乱しつつ訴える勇樹に、男は、そのひとなつっこそうな笑みを瞬時にこわばらせ、 二人の元へと駆け寄り…… 「…お?あ……!こ…こりゃ大変だ!おーい真子ぉ〜!」 苦しげな美沙の容態を見て取るや否や、背後のワンボックスカーに向けて大声を上げ た。 また、そんな風に呼びかけるまでもなく、すでに車から降り立っていた――やはり年の 頃なら、男と同じくらいであろう――スリムで華奢な…だが芯の強そうな顔立ちの女性 が、 「え〜?ど…どしたの〜!?」 驚きの表情を見せつつ、そのつややかなストレートロングの髪を振り乱して、駆け寄 ってきた。 そして彼女は、勇樹と男が見つめる中、ぐったりとした美沙にかがみこみ、真剣なまな ざしでその容態を看て取ると…… 「あ!これ…熱中症よ!とにかく早く車に…!キミ…そっち持って!」 急ぎ…だがテキパキと冷静な物言いで。自ら美沙の脇に頭を差し入れ、抱きかかえ つつ、勇樹に指示。 「あ…は、はいっ!」 びくんっと身体を震わせ、勇樹は答えて。女性の逆側に回り…やはり彼女と同じように、 力なく下がる美沙の腕を持ち上げ、脇に頭を差し入れ――― 「OK?じゃ、ゆっくり…持ち上げるわよ……んっ…!」 力を込める彼女の動きに合わせて、ゆっくりと美沙を抱き起こす。 またそんな、にわかに身体が浮き上がるような感覚に、美沙は驚き、 「……んぁっ…!…は…ぅっ…!?」 混濁する意識の中、微かに目を開いて、身をこわばらせるも…… 「ん…。もうだいじょうぶよ。力を抜いて……ムリに歩こうとしなくていいからね。」 「…はぁ…はぁ……あ……は、はい……。」 優しく落ち着いた口調で言う女性の言葉に、美沙は戸惑いながらもそう応え、再び目を 閉じ…支える二人に身体を預けた。 加わる重みに改めて力をこめ、勇樹と女性は美沙を抱えてゆっくりと歩み出し…… またその傍ら、 「お…おぉ!だ…だいじょぶかぁっ!?お…俺が代わりに抱っこして――あーいやいやっ! そんなカッコの人のカノジョに触れねーし……お…おい真子っ!…お…俺もなんかしね ーとっ!な…なんか要るもんねーかっ!?」 ひとり取り残されたような形になった男が、その大柄な体躯に似あわず、なにやらおろ おろと、勇樹以上に取り乱しており………… そんな彼に、女性――『真子』と呼ばれた彼女は、しんそこ呆れたような表情を向け、 メーワクそうに咎めるも…… 「ば…っ!こ…コレが落ち着いてられっかよ!?ホントにだいじょぶなのかよっ!そのコ!?」 なおも興奮し、取り乱しまくる男―――『剛』。 だがやはり、真子はそんな彼を慣れた調子で、軽くいなしつつ… 「あー。はいはい。だいじょぶだから。そーね……んじゃ、剛は先に車に戻って、エアコン 最強にしといて。身体冷してあげなきゃいけないから……」 また多分にやっかい払いを兼ねての指示を与える。 「お…おー!わかったっ!!」 応じて剛は、慌しく身を翻し…ダッシュで車に向かっていき…… また――― 「…………あ…あの〜………?」 そんな彼らの一連のやりとりに唖然とし、きょとんとする勇樹に、 「あ……。あはは。ごめんね……バカで…」 真子は、申し訳なさそうに苦い笑みで応えつつ、 「でも…根は悪いヒトじゃないから……安心して。さ…とにかく早く彼女楽にしてあげよ…」 言って浮かべた彼女の優しい笑みに、なぜか勇樹は深い安堵を覚えて。 「あ……は…はい!」 「お…おー、早くしろ〜……あ…あー、でも…ゆっくりな〜」 前方から届く、いまだ慌しくもむつかしい注文をする剛の声と、 「……………。」 眉をひそめてビミョーにヤな顔をする真子に――― 「……あ…あはは……。」 勇樹の張り詰めた緊張が、今ようやく、ときほぐれた……。 |
*ちなみに……『彼ら(剛&真子)』は誰?(笑)と思っちゃった方、
こちらをご参照いただければ幸いに存じます……(^^ゞ