ホワイトルーム・3

Sunset Beach〜熱く燃ゆるオアフの黄昏〜

*注;このお話は前作「ホワイトルーム」の第三話です…が、
前作とはあまり関連性がないので(^^;このまま読んでもさしつかえないと思います。
でも、どうしても、という方は
こちらから、ごらん下さい。

 

(1)

 熱い南風を切り裂き、州道99号線を北へとひた走る、赤いコンバーチブルのポン

ティアック………

「しっかし、まあ、まさかホントに会っちゃうなんてねー。ほんっとキミとはよくよく縁

があるみたいね?」

 ステアリングを握る先生は、サングラスの隙間から見える瞳だけをこちらに向けて、

呆れたようにそう言った。

「ま…まあね……」

 答える俺は、道の両側に広がるパイナップル畑に目を移しながら、未だ戸惑いを

隠せぬ表情を浮かべていた………。

   

 えーと、もうご存じだと思うが、先生…佐藤先生は、俺、栗本晃が通う学校の校医。

 いわゆる保健室の先生である。

 2か月ほど前、ひょんなことから(っていってもほとんど俺の暴走だが…)☆☆☆な関

係になってしまった俺と先生。

 その後も、大きな声では言えないが、一応恋人同士(って、改まって言うと照れるな…)

という関係を続けている。

 まあ、ありていに言えば、カレシカノジョの仲なのだ。もちろん立場上誰にも明かすこ

とはできないが……

    

 そんなある日、例によって、先生のマンションで……

「え……? キミも夏休みハワイ行くの?」

「うん……友達…小学校の時の友達でさ、向こうに越していった奴がいるんだよ。

前からそいつに来い来いって言われててね…しばらく先生に会えねーのは寂し

いけど……」

 そこまで言って俺は言葉を止め。

「……って、『キミも』ってことはもしかして先生…も……?」

 横たわっていたベッドから跳ね起き、ドレッサーの前に座る先生に顔を向けた。

「う…うん。あたしも学生時代留学してたトキにできた現地の友達に呼ばれてね……

 あ…栗本、キミ、いつから行くの?」

「え…5日…8月5日から、だけど………」

「うっそー! あたし、4日からよ! やだ…ほとんどいっしょじゃない……」

「へぇ!……じゃさ、向こうで劇的な再会とかしちゃったりして………?」

 目を丸くして驚く先生に、俺はにんまりと笑みを浮かべて冗談混じりに言った。

 だが、先生はそんな俺の言葉を鼻で笑い飛ばしながら、

「あはは、まさか。ハワイっていったって広いのよ。あ、ちなみに行く島はキミもオア

フ?」

「おあふ? ああ、そう。ワイキキのある島………そっか。でもま、そーだよな。じゃ…

待ち合わせしよ……って、それは無理か…俺もあいつの予定聞いてないしな……」

「ふふ…それはあたしも一緒。ま、お互い同じ南国の空の下にいるってことくらいで

がまんしましょ。」

 なーんていってたのだが……

  

 現地に着いて二日目の午後……

「ま…………まじ………?」

「う…うそ…でしょ……」

 友人に連れられてきたアラモアナショッピングセンターというやたらでかいショッピン

グセンターにて、俺たちは(お約束通り)ばったりと会ってしまった。

 口の前で手を合わせ驚きの表情をこちらに向ける先生に、俺は思わず……

「せ……せん……」

「お…なんだよ、晃ぁ、知り合い? あ、ひょっとして昨日言ってたコッチ来てるってゆ

ー、年上の彼女?」

 思わずいつものように呼んでしまいそうになった俺の言葉をさえぎったのは、俺の

友人の伊藤稔。俺と先生の顔を交互に見ながら尋ねてきた。

「あ…そ…そう…だよ」

 肝を冷やしつつ、俺はなんとか、しどろもどろの口調でそう答えた。

 …あ…あっぶねー……

 幸いにも、稔はこのどぎまぎしてる俺の様子を、先生との偶然の出会いからきて

るものだと勘違いしてくれたようだった。

 ちなみに稔の言葉通り、夕べ、俺に彼女ができた…という話はした。が、もちろん

その相手が学校の先生だということは伏せてある。

 まあ、ヤツは俺以外にはほとんど日本の友達とは連絡を取っていないようだから、

ばれたところで特に問題はないと思うが、物珍しげに色々詮索されるのも鬱陶しい

し、一応念の為、と言う事で………。

 ……っと、それにしても……

 やや落ち着きを取り戻し、俺は未だ驚いたような顔のまま固まっている先生に目

をやった。

 …………………………………………………

 確か、俺より一日先行して来たはずの先生。

 さらさらのショートヘアからのぞくやや童顔に見える先生の顔は、すでにうっすらと

小麦色に焼けており、また、ヘソ出しの黒のタンクトップにすり切れたジーンズという、

ラフな格好もボーイッシュな先生によく似合っていた。


 ……が、いくらプライベートとはいえ、その格好じゃ、職業『教師(せんせー)』っても誰も信用し

ないっすよ……っと、けどこれは好都合か。

 ともあれ、

「あ…あはは…やっぱり、会っちゃたわね。く…晃…クン」

「え…へへ。そ…そうだね。せ…誠子…サン……」

 咄嗟にいつもと違う呼び方をする先生に、合わせて答える俺。

 …でも…………いっとくけど、めちゃくちゃテレくせーぞ。コレ……。

 『サン…? なーにが誠子サンだよ……おい……』とあざ笑うもう一人の自分の声

が聞こえてくるようだ……。

「んんー? おいおい……まーだ『さん』『くん』の仲なのかよ? しょーがねーなー…

…っと、こ んなところで立ち話もなんだし、下のカフェテリアにでも行きませんか?

 あ…と、そちらの彼女もご一緒に……」

 一方、そんな俺の胸の内を代弁するかのように、呆れた声を上げた稔。

 半ばお見合いのようになってしまった俺たちを取り持つように、割って入ってきた。

 ………ん? 『そちらの彼女』?

 また、稔の言葉に気付いて、先生の隣に目を向ければ、なかなかのグラマー美人が、

まるで俺たちのやり取り楽しむように、にこにこしながら佇んでいた。

 ……あ…と、そう言えば、先生も友達と一緒だったっけ。

 ……ふーん………あれ…でも……? 

 彼女は、黒髪で顔立ちも日本人のように 見えるが、どこか………

 などと思っていると、先生もようやく察したように、隣の彼女に顔を向けた。

「あ…そ…そうね。ジャニス……How about……」

 だが、言いかけた先生の言葉をすかさず稔が遮り、

「ジャニス? ああ、なんだこっちのひと? んじゃ………

…Hey! We are thinking to go cafe now, do you wanna join us?

Sure!

 調子よく語調を変えた稔の英語に、ジャニスと呼ばれた彼女は、輝くような笑顔にウイ

ンクをくわえ、そう答えた。

  

 そして………

 屋台のように、ファーストフードショップが立ち並ぶ、

 広大と言っていい広さのカフェテリア。

 その一角に席を取り、俺たち四人はお茶することになったのだが……

「………Oh, you live near Laie beach? then , are you a student at BYU ?」

「No, I'm not, I just live near there. In fact, I'm still a highscool student.」

 あたりまえのよーに、テーブルに飛び交う言語は、英語オンリー。

 それも、何やらノリノリの様子の稔が、先生の友達、ジャニスと喋りまくっていた。

 初めは先生も会話に加わっていたのだが、二人のノリに付いていけなくなったか、

次第に、ただ笑ってその様子を眺めるだけとなり、そして………

「oops! Sorry, But you looks so sexy, . . so I thought. . . you know.

Oh come on ! no way. . . thanks.」

  ………ふん。

 芝居がかったおーげさな動作で、言葉に詰まったフリを見せている稔に、面白くも

なさそうに鼻を鳴らす俺。

 もうお分かりかと思うが、いちおー言っておく。

 …全っ然、わかんねーよ。いっこも!……くそ。

 結局一人取り残された形となった俺は、どーにも間が持てなくなり、

「ね…なんつってんの?」

 仕方なく小声で、にこやかな笑みを浮かべて彼らのやり取りを眺めている先生に尋ね

てみた。

「あはは……え…? ああ、キミの友達、ジャニスのことが気に入ったみたいね」

「え…?」

「口説きモードに入ってるわよ☆ …って、あれぐらいわかんないよーじゃ、次の中間も

まーた追試かなー?」

 俺の向かい側で、オレンジ色のフローズンドリンクのストローに口をつけつつ、イタズ

ラっぽい笑みを浮かべる先生。

 ……って、そーいうセリフはやばくないっすか?………って、その心配はないみてー

だな。

「No you're Kidding ! You'er bullshitter....?」

「No,No, that true. Ka〜me〜ha〜me〜ha〜 knows ! Oh!..Anyway,so.....」

 ちらりと稔の様子を見やれば、先生の言葉通り、稔はジャニスとかいうコを笑かす

のに懸命のご様子。こちらの会話どころか、俺と先生の存在すらも目に入ってない。

 ……ふん。ま、いーけどね。

 などと思いつつ、俺もアイスティーの入ったカップをこちらに引き寄せた。

 その時。

yeah,OK! …………よーし決まり!」

 何が決まったのかは知らないが、稔は言葉半ばで日本語に戻り、俺のほうを向いた。

 ………ん?

「晃、おめーももういーかげんで、俺といんのも、飽きちっただろ? この辺で別行動と

いこうぜ☆ ほら、メット貸せよ」

「え…え…?」

 …な…なんだなんだ? おい………?

「あーっ、もう!」

 戸惑う俺に、稔は焦れったそうな声を上げ、テーブルの下、俺の足元辺りに置いて

あるヘルメットに手を伸ばした。

 そう、言い忘れたが俺と稔は、ヤツのバイクでここまできていたのだ。ちなみにヤツ

のバイクは黒塗りのドラッグマシン、ヤマハのV−MAX。大型車で、スピードも出るし、

安定感もピカイチで………と、まあそんなことはどーでもいいか。

 ともあれ、半ばテーブルの下に頭を突っ込んでメットを手にする稔。

「Hey!」

 立ち上がり様、すでに席を立っていたジャニスにメットを投げ渡して、こちらに向き

直った。

「ま、こっから先は誠子さんに案内してもらえ、な☆」

 そう言って稔は、一度、先生に目配せした後、再度俺に向かって意味ありげに片目

をつぶった。

 …げ……やめろよ。おめーにウインクされたって嬉かねーよ………って、……え?

「え…? おい稔、そりゃどーいう……」

 だがしかし、躊躇する俺が言葉を返す間もなく、稔はすでに背を向けていたジャニス

の隣に歩み寄り、揚々と二人肩を並べてカフェテリアを後にしていった。

「あ…………え…えっと…その………」

 立ち去る二人を、唖然とした顔で見送る俺。やがてゆっくりと顔を戻せば、

「あーあ。結局こうなっちゃうのか………」

 先生は、呆れたように溜め息ひとつつき…………

 だがまんざらでもない笑みを俺に向けていた。

  

 ……とまあ、長くなったがそんな訳で、現在俺は先生が借りているレンタカーの

助手席に座っている。

 昨日今日で大体オアフ島のメインの場所は稔に案内してもらったという俺に、

先生はなにやらこれから、取っておきの場所を案内してくれるらしいが………

「へぇぇぇーっ、でも、この辺はなんかいかにもアメリカって感じだね!」

「でしょ。ワイキキあたりもいいけど、あたしはやっぱこっち…ノースの方が好きなのよ」

 左右に延々と広がるパイナップル畑に、感嘆の息を漏らしながら言う俺に、先生は

嬉しそうに答えた。

 やがて、どこまでも続くかと思われたその道も分岐路を迎える。

 そして前方、T字路に道が分かれ、突き当たりの向こうには……

「うわぁ☆」

 唐突に、目に飛び込んできた美しい海岸線。俺は思わず子供のように歓喜の声

を漏らしていた。

 ……い…いや、だって、ホントにすげーんだぜ。海がきれいなのはもちろんだけど、ワ

イキキ辺りの海岸と違って、人っ気がおもいっきり少ないんだもん。

 まばらに見える道ゆく人も、なんか、のーんびりした感じだし……

 …って、ん……?

「あれ…?」

 T字路で、ハンドルを右に切った先生に俺は訝しげな声を上げた。

「ん? どしたの?」

「え…いや、今の標識に、ノース…ノースショアって左って書いてあったから……」

「ほー、そのくらいは分かんのね」

「…………ぐ。」

 口元ににやついた笑みを浮かべ、前を向いたまま言う先生。それも心底感心した

ように言うところがまたむかつく!

 …ち…地名ぐらい読めるっつーの!

「あはは…ごめんごめん。怒ンないの。そんな顔はハワイの太陽には似合わないよ!」

 ジトっとした目で睨む俺を、笑い飛ばす先生。

 ……くそ。誰のせーだと思ってんだ!

 だが先生は、そんな俺にまったく構わず、

「あはは……それにね、ノースっていったって、ホントにノースショアのビーチに行っ

ちゃったら、あまり面白くないかもしれないわよ。サーファーが一杯いるだけで……

浜辺で遊んだり泳いだりとかはできないと思うし………あ、そうそう栗本、キミ、

水着持ってきた?」

「ん? 持ってるよ。ホントはあのあとアラモアナの前の海岸で遊ぶつもりだったから…」

 ふてくされた表情を作り、そっぽを向いて答える俺。だがやはり、この俺の精一杯の

ポーズも、先生にはまるで通用しない。

「OK、OK。それなら…ね、こっちの方にこそ、いい海岸がいっぱいあるのよ。

それこそ無人島に流れついたんじゃないか…って思えるほどの、ね☆」

「ふぅん」

 やや興奮気味に思える口調で言う先生に、俺は車から少し身を乗り出して、

甘い浜風を顔に受けながら、気のないあいづちを打った。

 ……ををっ! てーことは、先生の水着姿が見れるってことか!

 などと歓喜の叫びを胸の内で上げながら………

   

 赤のポンティアックは、古ぼけた、だがどこか趣あるシャレた海沿いの街……

Haleiwaを東へと抜けていく。

 

(2)へつづく。

 

 

TOPへ もくじへ