メイプルウッド・ロード#3
                     
〜嵐のI−5〜

*注;このお話は前作「メイプルウッド・ロード#1 #2」の続編です。
前作を読んでない方は、なるべくこちらからどうぞ☆

(1)

 ざあざあざあざあざあざあざあざあざあざあざあ………。

「………………………………。」

「………………………………。」

 フロントガラスをほぼ垂直に叩く激しい雨……を虚ろな眼で眺めつつ、

「………………で………?………」

 ―――長い―――――

「………どーすんだ……これ……………?」

 長い語間を置いて、冷め切った声を発する助手席の瞬に、

「い………いや……どーする言われても……どないしょ……?」

 運転席、大粒の汗を額に、引きつった関西弁の声が返る。

 華村武史…前回、名前のみ登場した晶子のカレシ…ややホスト入ったお調子者の

関西人である。

 が、ともあれ今はそんなことはどーでもいい。

  

 風は轟々。

 横なぐりの雨が降り注ぐ深夜のフリーウェイ。

 さっき立ち寄ったドライブインのおっちゃんは、何十年ぶりの大嵐とか言っていた。

 しかーーーし!

 ステアを切る切る右左!豪雨に溢れた果て無き路を切り裂いて、

 駆けるは、ブルメタ…ビッグワゴン、シボレーアストロ!(レンタルだけど)

 闇に包まれ、海ともまごうその道を、なびく飛沫を舞い散らせ、泳ぐ雄姿は、

 群れよりはぐれたマグロかカツオか!

 雨にも負けず風にも負けず進路は南!向かうは花の港町、サンフランシスコぉ!

 だがなぜかここはオレゴンの山の中!

 そう………ここまでいえばもうお分かりだろう。

 アメリカ大陸西海岸線を南北に繋ぐフリーウェイ『I−5』…その側道、セーフティエリア

からやや外れた、未舗装の雨に緩んだ土砂の斜面にて、

 この日のためにレンタルした青いビッグワゴン…メタリックブルーのシボレーアストロ

は―――

 ………大スタックこいていた…………。

 もーちょっとで『崖』と呼べるような勾配のきつい、ぬかるんだ斜面に、しがみつくよう

に……………………。

  

 そもそも―――

 と…いやまあ…原因責任追及するその前に、ともあれ話は数日前に遡らねばならない

だろう。

 そう、それは……いつものごとくいつものよ−に、瞬と智也のアパートにて。

        
サンフランシスコ

「あぁ? S   Fだぁ?ばっかやろ。いくらなんでも2泊3日じゃ無理だっつーの!」

 遊びに来ていた武史の言葉を一蹴する瞬の大声が響いていた。

 だがしかし、そんな日常会話的な瞬の怒声など、むろんものともせず、

「いや…へーきやって。ロッキーんときみたいに雪ぃあらへんし……まあ見てみ、このポ

ート・アンジェラスちゅーとこまでフェリーでいくやろ……ほしたらあとは、このI−5ゆー

道一本で……ほら、こんなもんやで……」

 鼻息の荒い瞬を軽くいなしつつ、テーブルに広げた地図を指差しながら、武史は意気

揚々と反ずる。

「……ん〜〜?」

 また、そんな武史の調子にまんまとノせられ、眉をひそめつつもちらり地図に目を落と

す瞬。

 まあ…確かに、地図上ではほんの掌の長さにも満たない距離ではあるのだが……

 だがやはり、スケジュール的にも体力的にも無理があり過ぎるよ−な気がする……

 ちなみに、同じ縮尺で計った日本列島…その本州部分とほぼ同じくらいの長さだと

いう事は一応付け加えておこう。

「い…いや、それにしてもだな……」

 口ごもりながら、反論すべき点を探す瞬だが……

「はん…な〜〜んや、東京で走り屋やってたちゅーても、結局大したこと無いんやな…」

 鼻で笑うような小バカにしたジェスチャーを取る武史に、

「なっ…!」

「いや…そりゃ走り云々の問題じゃないと……」

 そんな二人のやり取りを、呆れた様子で見ていた智也がまことにもっともな意見で口を

挟むも、聞き捨てならない武史のひとことは、まともに瞬の顔を紅潮させ、

「……てめ…バカにしてんのか……?…お?」

 静かな声でスゴむ瞬。

「あ〜、いやいや、ちゃうちゃうて……お〜こわ…」

 対して武史は、多分にわざとらしく、おーげさに怯えたような仕草をみせつつ…

「ま…ただまあ…意外に、瞬も慎重派っちゅーか…腰が引けてるっちゅーか……

なァ…?」

 その瞳に挑発的な光を潜めつつ、嘲るような笑みを浮かべる。

 そして、

「………ほぉ……上等だよ……」

「…………」

 しばし、瞬と武史――二人の視線がぶつかり合い………

「………………ほな、いくんやな?」

「おー!行ってやんよっ!」

 …………と、いうわけで。

   

 かくして、

 つきあってらんねー…とばかりに、キャンセルした智也とこの場におらずいわずもがな

の葉月を除き、
                        
    バカふたり
 ノリと勢いのみで結成された瞬と武史のにわかコンビと、やはりあまりよく考えてない

そのカノジョら二人、計四人を迷惑そうに詰め込んだ、青いアストロは、オレゴン越えの

豪雨のワインディングロードに差し掛かりー―――。

「…ちっ、まーたかいな…そんな減速せんでも…ちゃっちゃっとこう、カウンターかまし

ぃや…」

 視界の及ばぬコーナーを潜り抜けるおぼつかない瞬のドラテクに、武史が文句を言い

始めた事から始まった。

「だー!うっせーな。じゃあ、おめーが運転しろよ!」

「おー、えーよ。まかさんかい」

 コーナー出口。ハザードつけて、車を側道に寄せ、雨を避けつつシートをチェンジし、

 武史がアクセルペダルを踏み込んだその直後…悲劇(喜劇?)は起こった。

 慣れないコラムシフトを操作し、

 いったん下がって切り返し……

「ば…っ、お…おめ…それ…バック……」

「はぁ?」

 その瞬間、

「……………あ………。」

 それはちょうど、座ってた椅子を引き抜かれた感覚に似ていただろうか……

 そう、

 もともとそんな広いスペースではなかった側道。その後方に道はなく……。

 あるいは昼間なら、武史も気付いたかもしれないのだが、豪雨の上深夜の折りミラー

から覗く後方の視界は皆無に等しく。

 またあるいは、日本ならガードレールのひとつもあっただろう。だがここはアメリカ。

 そんな細かい心配りを期待する方がおおきな間違いというもの。

 ともあれ……

 がくんっ!!

 あたかも……これから離陸する飛行機のようにフロントが天に向かいて……

「……へ?」

「うわ!?な…なんやっ!?」

 がこんっ!…ごばだだごばだだだ……っ!

 …………。

 とまあ……そんなわけで、セミのように斜面にしがみつく大スタックと相成った現在の

状況。

 と言っても、深い谷底を見下ろす断崖絶壁…というわけではなく、斜面の長さはおよそ

20メートル程。あと10メートルほど下れば、下に間道も見えている…のだが、

 重く雨を含んでぬかるんだ大地は四つのタイヤを噛み、空転させ、前進も後進も許さ

ない。

 また平時なら、行き過ぎる車を停め、引っ張りあげてもらうか、レッカーを呼んでもらう

なりできただろうが、しかし………

 …ざあざあ…びゅうびゅう…ざあざあざあ……。

 激しい雨と吹き荒れる風の中の深夜のオレゴン山中……こんなトコを走ってる物好き

はそうはおらず……待てど暮らせど、行き交う車は何もなし。

 ………あたりまえだが。

 また一方、余談ではあるが、

 リクライニングを倒し、一面ベッドと化してる後部座席では、

『……zzz…☆』

 幸か不幸か、この大惨事にも関わらず、すやすや…いや熟睡かっとぶ二人の女子。

 この、肝っ玉が座ってるとかいうレベルを遥かに超えた、ズ太い神経の持ち主たち

は―――

 むろん言うまでもなく、瞬と武史の彼女たち―――由美と晶子である。

 先ほどの事態で、車中は激しくシェイクされたのだろう、荷物やお菓子の空袋が散乱

するシートベッドの中……にも関わらず、『親が見たら泣くぞ』然としたオモシロイカッコ

になって、安らかに眠っている。

 ちなみに、二人の短いスカートはまくれ上がり、にょきにょき白い足が4本丸出しにな

っているが……

 むろん、今の瞬達に、それを覗いて『にひひ☆』とかやってる心のユトリはなく(ちょ

っとやったけど…)……。

 ともあれ、

 前方、黒々とわだかまる闇を見つめ、激しい雨音を耳に捕らえつつ……

 瞬と武史の顔は、険しく歪んでいた…。      

  

(2)へつづく。