ハート・オブ・レイン
              
〜第4章 熱夏にあえいで〜Shower Me〜

*注;このお話は前作「〜雨いまだ止まず…〜」の続編です。
前作・前々作を読んでない方は、なるべくこちらからどうぞ☆

(1)

「ええっ!? な…7回もやったんすかっ!?はじめてで…むぐぐっ!」

 例によって、シザーズキッチン。

 驚き顔で発せられたそんな一言が終わらぬうちに、

「ば…ばっかやろっ!!」

 勇樹は、一つ年下のスタッフ…正徳の首をおもいっきり締めあげていた。
 たかはし まさのり  
 高橋 正徳…小柄で純真そうなベビーフェイスの少年だが、なかなかにはしっこい性

格で、その甘いマスクを武器に、要領よくちゃんとやることはやっているタイプである。

 まあもっとも、今はその端正な顔立ちは見る影もなく…苦悶の表情に歪んでいるが。

 ともあれ、

「う…うぐぅぅ〜っ!」
               
ま〜さ〜
「ば〜かやろぉ〜〜っ!正〜徳〜!てめー声がでけっつんだよぉぉぉ〜!」

 低く潜ませた怒声を発しつつ、さらに締める力を強める勇樹。

「…うぐぐっ…た…高山さ…ん…ちょ…ま…マジ極まって……る……」

 目を白黒させ苦悶の表情で哀願する正徳。

 見る間に血の気が引いていくその様を見て、

「あ…」

 そーいや、現在キッチンには、自分とこの正徳の二人だけ。今、彼に果てられたら、

仕事が倍増する……。

  そんな思いから、勇樹はようやく手の力を緩めた。

「け…けほけほっ。ちょ…かんべんしてくださいよ〜っ!」
         
 コールドテーブル
 咳き込みつつ、調 理 台に手をつき怨みがましい目を向ける正徳。
                                  
サービス
「ふんっ、てんめーがわりーんだろが。場所考えろ場所… 前 に河合さん居んだぞ!

んなもん河合さんに聞こえたら……」

 だがそんなものはむろん無視。勇樹は憤然とやり返す…が。

「…そんな話フッてきたのそっちのくせに……って、ん?あれぇ〜…?

 そんでもって、ま〜〜だ『河合さん』なんすかぁ〜?7回もやっといて……」

「…!う…うっせーな!てめ…」

 挑発的な正徳の言葉に、再度勇樹が怒声を発しようとしたとき、

「こーら〜…なに騒いでんだ〜〜?チキンソースの仕込みは終わったの〜〜?」

 前方…サービスラインから美沙の声が届いた。

「へ…?あ…ああ…」

「まだで〜す☆さっきから高山さんがふざけまくってるから、ぜんぜん終りませ〜ん」

 咄嗟のことで勇樹が口ごもる一方、調子よく言葉を返す正徳。

 また、日頃の行いがおもいっきり物を言い、

「ええ〜?またぁ? ったく……こぉらぁ〜〜、高山ぁマジメにやれ〜!」

 すぐさま美沙から巻き舌気味の叱咤の声が飛んでくる。

「え…あ……や…ちが……」

 慌てて弁解しよーとする勇樹だが、むろん全く取り合ってもらえず。

「たくもう……んじゃ、仕込みはあとで勇樹くんに休憩返上してやってもらうことにして…

…ともかくニューオーダー入るからね〜」

「え…ちょ…河合さ…」

 言葉途中にさらりと交えた、かなりシャレにならない美沙のセリフに、慌てて反論しよ

うとする勇樹だが、

「はぁい。どーぞ〜☆」

「ハーフバーガー・プリーズ」

「ハーフバーガー・サンキュー☆」

 多分にわざとらしい元気さの正徳、そして美沙の声にかき消された。

 さらに、

「あ…それから高橋くん、勇樹の監視しっかりお願いね〜」

「ほーい☆ ほらほら…高山さん、なにぼけっとしてんの?早くバンズ出してくださいよ」

(て…てめぇ…マサ…)

(へへ〜☆)

 ジト目で睨む勇樹に、正徳は会心の笑みで応えた。

    

 そして…

「……で、高山さん、アッチの具合はどーなんです?」

「…………え………?」

 なにやら真顔で尋ねてくる正徳の言葉に、ハンバーガーを作り終え、グリドルを掃除し

ていた勇樹の動きが硬直する。

 しばし不自然な沈黙がキッチンを包み…

「……ん?どーかしました……?」

 不審に思った正徳がシンクの作業の手を止め、顔を傾けると、

「い…いいいいや……ぐぐぐぐぐあいって……おおまえ…そ…そりゃそのなんだ……」

 なにやら顔面を真っ赤に染め、慌てまくって言葉を濁す勇樹の姿。

 そんな勇樹の態度で、正徳はようやく言葉の意味を完全にはき違えていることに気付

き、

「へ……? あ…ああ、やだな〜。違いますよ!コレの事っすよ。コ・レ!」

 苦い表情を浮かべつつ、バイクのハンドルを握るジェスチャーを見せる。

「あ…あーなんだ。そっちか……」

 ほっと息着く勇樹。

 対して正徳は、やや呆れた様子で、

「はあぁ…、ったくも−、これだから覚えたては…。すーぐそっちに頭が……」

「あ〜?んだよ?」

「あーいえいえ、……で、マジメな話、どーなんです?今度のツーリング…間に合いそー

っすか?」

 勇樹のジト目をさらりと躱し、正徳は話を本題に戻す。
    
マフラー
「おー。集合探すのにちっと手間取ってるけどな。まあ…今回そっちはノーマルでガマン

するとして……それ以外はほぼカンペキだぜ☆」

 得意げに語る勇樹に、

「お〜☆さっすがぁ☆……けど、ノーマルって……あのダッセー音でツーリングかぁ…」

 賞賛の言葉を送る傍ら、なにやら正徳は渋い顔になり、

「あんまし…横に並ばないでくださいね」
                               
ブ タ っ パ ナ
「だぁぁぁ!うっせーな!言われねーでも、てめーの初期型TZR250なんかにゃ、ケツも

なめさせねーから安心しな!」

「あ…!?言いますね〜。今どき解体屋でもみかけないよーな旧車風情が」

「てめーのだって、似たよーなもんだろが」

「え…ちょ…一緒にされたら困りますよ。俺のは5年は新しいっすもん。第一…たかだか

400てーどの4ストが2ストに挑むこと自体ムボーって気がしないでもないケド……

ま、言うだけならタダですからね。せーぜー河合さんの前ではじかかないよーにね」

「へ…上等だよ!」

 不敵な笑みを浮かべ向かい合い、二人はしばし火花を散らし合い―――

「はいはい…あんたら、今日タイムカード押してから仕込みだからね☆」

 いつの間にやらキッチン入り口に仁王立ちで佇んでいた美沙のきっついお言葉で、

『……………。』

 その表情のまま固まった二人の頬に、一筋の汗が滴り落ちた………。

                 

  

(2)へつづく。

 

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