メイプルウッド・ロード
                  へきれき  
〜#4.ワーフの夜は青天の霹靂〜

*注;このお話は前作「メイプルウッド・ロード#1 #2 #3」の続編です。
前作を読んでない方は、なるべくこちらからどうぞ☆
また特に、本編は物語的に最前作
「#3 嵐のI−5」の後編にあたりますので、
多少なりとも思い出してからじゃないと……という方は、
こちらよりどうぞ(^^ゞ

(1)

 ……はあああああぁぁぁぁ……。

 ヒーターの効いた車内の窓ガラスを曇らせるほどの、深く重いため息……

「つ…………着いた……な…。」

 疲労の色濃く…だが安堵の混じるつぶやきが瞬の口から漏れた。

 果てしない時の流れの果てに―――といっては、いささかおーげさだろうか……。

 とにもかくにも。

 風雨雷雪乗り越えて。

 跳ね返しの泥と水滴で、ススけたボーダー模様となったボディを震わせ、4人を乗せた、

シボレーアストロは、今――――
                 サンフランシスコ
 沈みゆく夕陽に紅く染まる洋上―――S  Fへの掛け橋、ベイブリッジに差し掛かって

いた……。

 ぶぶぅ〜ん…ぱぱーん。びーっ。びーっ………

 久々に見る、辺り一面の車列の帯と、鳴り止まぬクラクションに囲まれつつ……

 いきなりの橋上渋滞に巻き込まれて。

 そして……もう一度、

「………はぁ……。」

 瞬は一際大きな、ため息をつきながら、
          
ココ
 ……まあ……コレもSFの名物だって話だしな〜……

 などと。よくわかんない理由で自分で自分をなぐさめて―――ハンドルを握る手を緩め、

陰鬱とした顔を窓の外へと向けた。

「……………。」

 夕暮れ時のサンフランシスコ湾……二階建ての橋上から見下ろす景色は、まさに『絶景』

と言うほかはない。
                   
スクリーン
 冬枯れの、空から降りる夕陽の幕…その直下に映える海面は、燃え上がるように紅く、

たゆたう運河の地形をあらわにし―――

 黒いシルエットに染め上げられた陸と陸との間に、点在する大小さまざまな船の群れが、

黒い点となって紅い水面を歪めてゆく………。

 前方には、夜景と言うにはまだ早い、ぽつぽつと灯の灯り始めたサンフランシスコの

街並み―――都会のイルミネーションに彩られたビルの林が屹立し………

「……って、瞬……進んどるよ……」

 虚ろな瞳でフロントガラスを見つめつつ、何の抑揚もなく、前車との間に空いた車間に進行を

促す助手席の武史の声に、

「……ああ…」

 やはり何の感情もこもらぬ声で応えて、瞬はツリかけたむこうずねの痛みを堪え、アクセルを

踏んだ。

 ブロロ……

 まあ…かくも稀有な絶景と言えど、数々の天災人災ハプニングを交えた、『ノンストップ19

時間走りっぱなし。でもってよーやく目的地…』とゆー、超ロングドライブの果てに―――

積もりに積もった二人の寝不足と過労を癒すまでには至らぬようで……。

「……………………。」 

 ともあれ、これだけの景観を前にして、何の感慨もない、ぼぉ〜っとした空気を車内に

充満させたまま、青いビッグワゴンは、ただ淡々ノロノロと前のクルマに続き…やがて夕闇

に移りゆくその橋上を進んでいく。

「……………………。」 

 ルームミラーに映る…相も変わらず安らかに、惰眠貪る女二人を搭載した後部座席を

 揺らしながら…。

    

 ま…それはさておき、渋滞による牛歩の進行状態とは言え、時間が進めば車も進む。

 陰鬱淡々とした小一時間が過ぎた頃、青いビッグワゴンは人車ともによれよれの様相を

示しながら、どーにかこーにか長い長いベイブリッジを渡り終えた。

 いつしか、空の色は紅から紫に移り変わっており――― 

 かちっ……。

 おもむろに伸ばした瞬の右手が、ヘッドライトのスイッチを捻った……そんな頃。

「……んあむ……。ん〜〜っ、そろそろベイブリッジ着いた…?」

 ふと目覚めた由美のお約束通りのオオボケなセリフに、

「ん…?あー、今渡り終えたトコだ…」

 半開きの眼を正面に据えたまま、やはり抑揚なく応える瞬。

 …………………………。

 しばし、時が止まったような沈黙が落ち……カーステから流れるスローバラードが車内を満たす。

 窓の外、移りゆく夕暮れの街の景観にばっちりマッチしたBGM―――Roxetteの『It must have

been love』…その力強くも甘いハスキーボイスが、静まり返った車内を支配し……

 その数秒後……

「えぇぇぇっ〜!? ば…ばかあぁぁぁ〜っ!なあぁぁんで起こしてくんなかったのよぉぉぉっ!」

「えっ!?ええっ!?ええええええ〜っ!? う…うそぉぉぉーっ!? す…過ぎちゃったのぉぉぉぉっ!?」

 サビに差し掛かった甘いBGMを完膚なきまでにかき消し、いきなり車内は騒々しくなっていた。

 むろん言うまでもなく、寝起きいきなりテンション全開となった後部座席御両名の雄叫びにより…。

「バッカじゃないっ!もぉ何考えてんのよーっ!? 信じらんないぃっ!!  フツー起こすでしょぉぉっ!」

「つーかなにハズしたかわかってる!? ベイブリッジだよっ! もぉサイテーッ!写真とか撮りたかった

のにぃぃ〜っ!!」

 ノビきったラーメンとできそこないのカタヤキソバのよーになった髪を振り乱しつつ、

『もぉぉぉ〜!もっかい戻って渡ってよぉぉぉぉぉ〜!』

 由美と晶子の二人は声を唱和させ、がこんがこんと運転席と助手席を激しく揺さぶり、お菓子の

空き箱とかをフロントガラスにぽかんぽかんと投げつけながら、轟然と瞬と武史に抗議する。

 ………だが―――

 ……けっ……。

 …あほか……。

 むろんそんな冗談にすらならないたわごとは、やさぐれた鼻息で、軽く流し―――   

「………ま。とにかく、モーテルやな……」

 冷め切ったため息混じりに、散らかったお菓子の空き箱を後ろ手に投げ返しつつ、言葉少なに

助手席の武史が言えば、

「…あ〜、そーだな。じゃあ…ベストウエスタンあたりで……」

 答えて瞬は、通り過ぎる街の灯を見上げつつ、よく使う大手チェーンモーテルの看板を探し始め

る。

「う〜……。」

 そして一方、完全にシカトされた形になり、やや…いや、かなり憮然となった後部座席のラーメン

とカタヤキソバ…もとい、由美と晶子だが、もはや全くとりつくしまもない瞬と武史の態度に、

さすがにここでダダをこねてもどーにもならないということを悟ったか―――

 ---いや……

「………(あ…☆)…」

「………(うん♪)…」

 ともに前の座席にしがみついたまま、なにやら含みのある笑みでアイコンタクトを交わす由美と

晶子。

 まあ…おそらくは『モーテル』とか『ベストウエスタン』とかゆースペルに、何か期するものを得たの

だろう。

 二人は瞬時にその表情と語調をやわらかなものに変じ………

「う〜ん……わかったよぉ。ベイブリッジはまた明日にするからさ〜……」

 全くうそ臭い苦笑を作りつつ言う由美に、

「そのかわりぃ、ホテルは……せっかくのサンフランシスコなんだし、モーテルじゃなくて、ちょっと

イイトコ泊まらない?」

 弾んだ口調を抑えきれない猫なで声の晶子が続き……さらに、

「そーそー、長旅だったんだしねー、みんな疲れてるからさ。広いベッドのあるトコがいいよね〜☆」

「そーね〜、できればあたしは、ダウンタウンかフィッシャーマンズワーフの近くがいーな〜♪

 あ…そんな高いトコじゃなくていーからさ〜☆」

「うんうん☆ それでベイブリッジのコトはチャラにしてあげるね♪」

 ―――そんな、もぉちゃっかりとか図々しいとか言うレベルを完全にぶっちぎってる二人の

セリフに、だがむろんのこと……

 …………いや……てめーらは、食って寝てただけで疲れてんのは俺たちだけじゃん…?

 ……ちゅうか、ダウンタウンかフィッシャーマンズワーフで?ちょっとエエトコで?デカイベッドが

あって?高ないトコ?……そーゆー条件の宿探す方がよっぽどしんどいやろ……? 

 ……などと。さらに重い澱が伸し掛かるような疲れを感じながら、各々思う瞬と武史であったが、

これまたむろん言うまでもなく、現在口に出して逆らう余力などまったくなし。

 となればここは、さらにこれ以上余計なコンテンツが増える前に、テキトーに条件を満たす宿を

探した方が賢明だろう……。

『はぁ…………』

 重い……重いため息を唱和させ、瞬と武史はフロントガラス越しに半開きの眼を、続く街の灯へ

と伸ばしていき――――――

 ぶろろろん……っ。

 かくして、青いビッグワゴンは、よろよろと、サンフランシスコ北側に位置する港町、フィッシャー

マンズワーフへと足を向けていった。

 あろうはずのない、絶望的な条件を満たす宿を目指して………。

  

 フィッシャーマンズワーフ―――ピア39と呼ばれる桟橋を基点に広がる港町で、かつてはイタリア

人漁師の船着場として栄えた、洒落たレトロ感溢れる、ここサンフランシスコの有数な観光地――。

 また、その沖合いにはアルカトラズという一時期連邦政府の刑務所として使われていた小さな

島が浮かんでおり、ここは、かの悪名名高いギャングスター、アル・カポネが収容されたことで有名

―――などという、ガイドブックを朗読する晶子のナレーションを耳にしつつ、一同を乗せたビッグ

ワゴンは、週末のほどよい喧騒に包まれた港町、フィッシャーマンズワーフに差し掛かっていく。

 さらに、もう言うまでもなく全くの余談ではあるのだが、その思考のほとんどを、ハンドルを切る、

アクセルを踏む、といった単純作業以外には使えなくなった瞬……そして今や今晩のベッドの

事以外はまるで考えられず、半開きの眼をただじっと前方に据えた、半死人のようになっている

助手席の武史に代わり、

「あー☆あそこがよさげじゃん♪」

「あ…ほんとほんと!ほらっ瞬…ウインカー!」

「……んあ?……おー」
                                 
なびげーしょん
 ……などと。青いビッグワゴンは、由美と晶子の巧みな誘導によってまんまと、一際ハイグレード

な瞬きを見せて佇むホテル―――そのパーキングへと青いボディを沈めていった。
 

 そして、

「……で〜、じゃあまずわぁ、その辺のお店で軽く何かお腹に入れよーよ☆そんで、その後

ケーブルカー乗ってダウンタウン方面…?」

「ん〜、そーねー。でも、その辺にもけっこーカワイイお店あったから、ここでちょっと買い物も

したいな〜♪ あ☆そーそー、ギラデリスクエアってトコのチョコも食べないと♪」

 チェックイン後、充てられた部屋へと向かうべく、その外観どおりゴージャスな内装のエレベーター

の中、なにやらわきゃわきゃ話す由美と晶子。

 一方、その背後では、

「……。」

「………。」

 もはや完全に閉じられる寸前の瞼をその双眸に携え、がっくりと首を落としたまま、エレベーター

の奥壁にもたれかかっている、廃棄処分となった2体のマネキン人形…じゃなくて、瞬と武史。

 伸し掛かる疲労と強烈な睡魔に、もはや完全に燃え尽きる直前である。
                                      
 デポ
 判然としない彼らの思考の中……数分前、ホテルフロントにて、前金代わりにと引っ張り出され、

そのまま支払いはうやむやのうちに全額こちらに回されるんだろうとされるクレジットカードのこと

とか、このクラスのホテルで、しかも不必要にツインルームを2部屋取ったその金額ははたして

いかほどのものになるんだろう……とか、イロイロ気になることもあったが―――

 まぁそれも、後でカードの請求明細を見てビックリすれば済む問題(?)だろう……。

 それより今は、スプリングの効いたマットレス、真っ白なシーツ、ふわふわの枕、あたたかい温もり

のブランケット―― そんな魅惑的なワードに彼らの頭の中は埋め尽くされ……

 けっこーシャレにならないはずの二人の憂慮は、いつしか脳内からすっぱり排除されていった。

 ――――とにかく今は、一秒でも早くやわらかなベッドへ……

 そんな、砂漠で水を求める渇望にも似た瞬と武史の思いの中、静かな機械音を伴い上昇

するエレベーターは、やがて、彼らのキーナンバーが示すフロアに到着した。

 ぽぉん……。

 軽やかなデジタル音とともに、エレベーターのトビラが音もなく開き…一同は、ひっそりと静寂する

、グレーのカーペットが敷き詰められた廊下に出迎えられる。

 そして、

「んーと、1224……どっちかな?」

 淡い落ち着いた照明の中、左右2方向に分かれた廊下を見回しつつ、正面の壁に架けられた

フロア案内板へと目を移す由美に、

「えーと……あ☆ラッキー! エレベーターのすぐそばじゃん♪」

 周りの静寂をなんらはばかることなく、弾んだ声で言う晶子。 

 次いで四人は、エレベーターを右に出て2部屋先―――向かい合わせに相対するドアの前まで

歩みを進め……左右それぞれに充てられた部屋の前で、ドアを背後に向かい合い、

「それじゃ〜、5分後?」

「ん…そーね。…てか、だいじょぶ〜?アッコ…(メーク直し)そんなもんで……」

「う…が、がんばるっ!」

「あはは…じゃ…10分後ね〜。そんじゃ……」

 などとやりつつ、由美と晶子はそれぞれカードキーを差し込み、ドアの向こうに消えていく。

 またその後ろから、

「ほな……」

「またあとでな……」

 力なく言葉を交わし、瞬と武史が続いた。

    

 そして―――

 ぱちっ☆

「うわ〜☆ 思ったとおりイイ部屋〜♪」

 ドア脇のスイッチを入れつつ、小洒落た調度の広い室内に、開口一番感嘆の声を上げる由美。

 ベッドに天蓋こそかかってないものの、ちょっとしたお姫様の寝室然としたその内装に、しば

し陶酔。

 一方むろん、ただでさえそんなものに全く興味がない上、耐えがたい眠気にもはや一刻の猶予も

ない瞬は、

「………………。」 

 部屋の中央でぼけっと突っ立つ由美を無言で押しのけ、なんだかムダに広い室内に恨みでも

あるかのような目を、鮮やかな模様の織り込まれたカーペットに下ろしつつ、

 てふてふてふてふ……

 力ない足取りで、部屋奥の、華美な装飾が施されたベッドに向かって歩んでいき―――

「…………。」

 たどり着いたベッドの前で立ち止まると、肩から下がるボストンバッグを引力のままその場に落とし、

上着も脱がず、ただ脱力するその勢いのまま、南国調の大きな花が彩られたベッドカバーの上に

倒れ伏した。

 ……ぼふっ。

「………☆…」

 まさに至福のひととき。

 ほどよく効いたスプリングが、疲れきった瞬の身体を軽く弾ませ……伏した頬から伝わるやわらかな

感触が全身に広がっていく……まさしく、この上もない幸せの瞬間だった………が、

「えー、ちょっと瞬!なに寝てんのよー!すぐ街出るんだよー!」

 死の宣告にも等しい非難の声が頭上から。

 もっともむろん、

「………。」

 瞬は、枕に伏した頭を僅かに傾け、片目だけを由美に向け――――――

 -―――冗談じゃねー。ふざけんな。行きたきゃ勝手に行って来い。俺ゃ寝るすぐ寝るなにが

なんでも寝る―――!

 枕と、よれた前髪の間から、そう語る瞬の半開きの眼……。
                               
テレパシスト
 対して、なぜか声もなく言った瞬のそんな宣誓を、精神感応者のごとく完全に理解した由美は、

「え〜〜〜っ!? なにそれ〜? じゃーあんたなにしにこんなトコまで来たのよ〜!?」

 驚き、心底あきれた声を張り上げる。

 ……が、

「…………。」

 ---ハイ。もちろんこーして寝るためデス……でわおやすみなさい……。

 再び瞬は、その眼で即答し、その後すぐに首を傾け戻し、顔を枕に埋めて、もはや完全に

動かなくなる。 

 そして、一瞬の静寂。

 …ヴヴ…ッン……

 入室に伴い、自動運転を始めた空調の静音が、しばし室内に響き渡り―――

「もぉッ!バカァァァァッ!!!!」

 吐き出された温風とともに、由美の怒りが爆発する。

 また同時に、投げつけられた由美のボストンバッグ(推定5kg)…しかも底の堅い部分が、瞬の

腰骨の特に肉のついてない箇所に直撃し、

 ぼぐっ!!

「……っ?!」

 耐えがたい痛みが、朦朧となる瞬の意識を一時覚醒させる―――が、しかし、それも本当に一時

のこと……。

 ………あー、ま…いーや……

 激痛のそれを勝って余りある、瞬の全身を巡る度を越した眠気が、まさに麻酔薬のごとく、痛み

の箇所へと集中してその苦痛を和らげ……また同時にその痛みが和らぐ心地よさが、さらに瞬の

眠気を深めていく……などといった、そんな器用な感覚変換を経て、

「……ぐー。」

 いつしか…というか、ようやく…というべきか、瞬は深く、やすらかな眠りに落ちていった……。

 そして――――――

 完全に取り残された感の由美は……

「う〜……」

 怒りに震えて、しばしその場に立ち尽くす。

 一時は、この怒りのまま思い切り暴れてウサを晴らそうとも思ったが、出かけ前に汗をかいても

なんだし、例え暴れたところで、瞬が目覚める保証は全くない。

 しかも、仮にこんな状態で目覚めてもらって連れまわしたところで、まともな観光にはならないだろ

うことは、目に見えている。

 結局、その辺のところを吟味・精査した結果、こんなことで、貴重な観光の時間をムダにするのも

不毛、としたのだろう。

「……ったくもう……ぶつぶつぶつ……」

 なにやら、毒を吐きつつも、由美は瞬の尻に乗ったままのボストンバッグに手を伸ばし、

瞬の身体を台替わりにしたまま、バッグの中身をごそごそ漁り……

「んじゃっ!行ってくるからね!おやすみっ!!」

 お気に入りの服にその身を包み、憤然と部屋を後にした。

    

 そして…

「……ったく……なんなのよ……アイツはもう……」

 自らの部屋のドアを背に、なおもぶつくさ瞬に対する怨嗟の言葉をつぶやきつつ、向かいの

部屋のドアが開くのを待つ由美。

 しばしの後、

 バタムッ!!

 由美の目線の先―――その向かいのドアが、突然荒々しい勢いで開き、

「……もう!んじゃ気がすむまで寝てなよねっ!」

 ドアの中へと吐き出す怒声と共に、晶子が出てきた。

「……あ……」

 目を丸くしぽかんとする由美に、

「あ…あ〜、由美…おまた……」

 煮え立つ怒りを鎮めつつ、振り返りざま、苦々しげに言う晶子。

 なるほど。想像に難くない話ではあるが、そちらも同じような展開になったというわけか。

 由美は困ったような呆れ顔を浮かべ、
    
       そっち
「あー、やっぱ武史もなんだ…」
       
 ソッチ
「え……あ…瞬も…?」

 また晶子も、その場に瞬がいないことで事を察し―――二人は苦笑を見合わせ、

『…あはは……』

 肩を落とし、力ない笑みを唱和させる。
     
くら
 刹那、昏い廊下に、下がりかけた2人のテンションが産み出すユルい空気が充満し……

(…………って、ちがうちがうっ!)

 せっかく整えた黒髪を左右に振って、満ちかけたビミョーな空気を振り払う由美。

 そう、待ちに待った魅惑のひととき―――観光!ショッピング!サンフランシスコの美味しいモン

を食べ倒す!!―――といったバラ色のスケジュールはこれからなのだ!

 あんなバカ2人のことで、気を落としたりしている時間は、一秒たりともないはず!

 またむろん、その思いに至ったのは対面の晶子も同じ。由美が口を開きかけたその刹那、

「いーよもぉっ!あんなバカ連中ほっといて行こ!由美っ!」

「あ―――そうねっ!」

 正に吐き捨てるように言葉を交わし、2人は、なにやら異様なオーラを放ちつつ、昏い廊下を進み

往く。

「ったくもー、結局…なにしに来たんだろーね。あの2人?」

「さあ…?…修行…?」

「なんの〜?」

「知んない。将来…長距離運転専門のドライバーとかになろーとか思ってんじゃない?」

 気のない晶子の問いに、投げやりの答えを返していく由美。

 そんなどーでもいい会話を交わしながら、ふたりはエレベーターに乗り込み、

「けど、あのままいつまでも寝てんのかな?」

「あー、たぶんね」

「でも…ごはんとか、どーするつもりだろ? 週末とは言えシーズンオフだし、食べれるお店とかは

けっこー閉まるの早いと思うよ……」

「はん…それこそ知んないわよ。……ま、その辺にコンビニとかあったし、お腹すいたら、テキトー

になんか食べんでしょ」

「ん…ま、それもそーか。だいたい一食くらい抜いたってどーってことないだろーしね」

「そーそ。」

 ちなみに。今日これまでに瞬たちが口にしたのは、数時間前に食べたビーフジャーキーひとかけ

が最後である……ま、これもどーでもいい話だが。

「それよりさ〜、まずは下のラウンジで、なんかカルくお腹に入れながら周る順番きめとかない?」

「あ。そーだね。時間少ないし、サクサク周るためには必須だね……つーか、そのお店…シフォン

ケーキがおいしそーだったよ☆」

「をを?マジ? さーすがアッコ、チェック早いね〜☆」

「へへ…まーね〜♪」

 ……………などと。ころころ話題を変えてしゃべくるうちに、傾きかけたご機嫌をすっかり元に戻

した由美と晶子。

 まさに心機一転、2人は意気揚々と夜のサンフランシスコの街へと消えていく………。

(2)へつづく。

   

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